倉石一郎「包摂と排除の教育学」を読んで

 SSWの日本における歴史的出発点とも言える高知県で取り組まれた「福祉教員」についての論考に興味があり、読破しました。「福祉教員」とは、「敗戦後間もない混乱期における長欠・不就学問題を直接的理由として高知県が独自に配置し、それ以後1970年代にいたるまで、特定の学校に席を置く教員でありながら校外を駆けめぐることを主たる務めとし、児童生徒の生活状況と学校教育との間におこるさまざまな矛盾に立ち向かおうと奮闘した教員たち」のことを指すのだそうです。これが後の同和教育推進教員配置につながっていったと考えられるようです。「きょうも机にあの子がいない」という有名なフレーズがありますが、これはこの福祉教員の取組の過程で生み出されたもののようです。
 特に面白かったのは、草創期の福祉教員へのインタビューでした。福岡弘幸という重要人物へのインタビューでしたが、その数年後に亡くなったということを考えると、貴重な記録になっています。高知のもう一人の重要人物である後に「全同教委員長」になる谷内照義はすでに鬼籍に入っていましたので、著者の研究は貴重なものであったと思いました。
 私がこの福祉教員のことを知ったのは一年前でした。その時に、最初の草創期の方々にインタビューしたいと思ったわけですが、すでに倉石氏はそれを実践し、研究論文としてまとめていたというわけです。著書全般においても、非常に興味をひく内容ばかりです。『差別と日常の経験社会学』といっしょに読むとより一層面白いと思います。教育社会学の研究方法についても学ぶことができると思います・
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by shin-pukupuku | 2015-11-12 09:23 | | Comments(0)