喜界島の戦争遺跡

 喜界島には、戦争遺跡が何か所かあるようです。そもそも今の喜界空港は、海軍の航空隊基地の跡です。

 空港のターミナルを出るとすぐに、中里という地域には「海軍戦闘指揮所跡」があり、地下にコンクリートで覆われた指令室が見えました。また、少し高台のところには、掩体壕跡があります。やっと探し当てて見たのですが、これまで見た掩体壕の中ではもっとも丈夫にできていて、コンクリートで覆われた大きなものでした。驚きました。この中で航空機の整備を行っていたようです。

 また、喜界島のもっとも高台にある七島鼻(ポイント211)には、通信基地のコンクリート製の建物が残っていました。その建物の地下に入って通信傍受を行っていたようです。近くには自衛隊の通信基地が見えました。象のオリです。当時と同じように今も自衛隊による通信傍受が行われているようです。

 さらに、ウワヤ1グチ鍾乳洞は、小さな鍾乳洞でしたが、戦時中、守備隊の防空陣地となり鍾乳石が打ち壊されたとパンフレットには説明がありました。

 また、早町には、特攻艇震洋の格納壕跡がありました。当初場所がわからず、港近くを探しましたが、結局見つけきれませんでした。そこで酒屋に入ってそこの人にその場所を聞くと、資料を出してくれて場所を教えてもらいました。さすがに島の人々は親切です。この第四震洋隊には187人が配属されていたようですが、出撃命令が出ず戦後を迎えたと説明板に書いていました。

 喜界島は沖縄戦に向けて飛び立った特攻隊の途中臨時基地だったようです。故障した特攻隊の戦闘機がこの喜界島に降りたようです。沖縄戦の後、沖縄と同様に米軍上陸を恐れていたようですが、結局素通りするような形で本土へと米軍は照準を合わせていったようです。

 喜界島の観光は同時に戦争遺跡のフィールドワークにつながるものとなりました。自分なりには勉強になった数日間でした。でも、なんといっても自然を満喫しながらゆっくりとできた数日間となりました。もう二度と来ないだろうなあと思っていましたが、ここで数日間を過ごして、再度また訪問したいなあと思うことでした。夏休みにまた計画を立てたいと思っています。


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Commented by 闘龍灘 at 2017-05-11 08:43 x
沖縄を学生達とフィールドワークしたときに,ハンセン病療養所にもいきました。

戦時中,そこが爆撃の標的になっていたことを自治会の方からお聞きしました。防空壕跡も多数あり,戦争とハンセン病の問題を考えるために重要なことだと思いました。

沖縄は南部の戦跡が修学旅行でもよく取り上げられるますが,北部もヘリパッドやハンセン病療養所など重要な場所があるように思います。
by shin-pukupuku | 2017-05-08 15:15 | 雑感 | Comments(1)