芝山巌事件

 台湾訪問の最終日は、一人で台北市内を散策しました。台湾訪問前に読んだ本で目に留まったものが、表記の事件です。1895年に日本は台湾を統治し始めます。その年に芝山巌というところに日本語教育を実施する芝山巌学堂を作ったのが伊沢修二でした。彼は、日本語教育を進めるために日本から7人の教師を連れてきたのです。ところが入学してきた現地の生徒は7名。現地の反感があったと考えられます。翌年、現地の人々は日本人教師を襲い、6名が殺害されました。これが芝山巌事件でした。
 MRTに乗って芝山という地で降り、15分ぐらい歩くとこんもりとした小高い山がありました。そこを登っていくと、遊歩道になっていました。木々に囲まれた中にあるところで、直射日光の暑さを避けて、目的の芝山巌事件記念碑を探しました。ところがなかなか見つからず、ウロウロしていましたが、少し奥まったところに記念碑は立っていました。この記念には、現地の人々を「匪賊」と呼んでおり、台湾人に対する差別意識があったことを示しています。揮毫は伊藤博文でした。この殺害事件をきっかけに、この地は日本語教育のメッカとされ、台湾全土に日本語が学校を中心にして教えられていったのです。
 帰り際、急こう配の石づくりの坂と出会いました。神社の跡だなあと思いました。登ったところに手水用の大きなタンクを見つけたからです。階段を台湾のスポーツ系の体力作りに利用している様子を見ました。その風景は日本とほとんど同じでした。日本による台湾統治時
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代の跡がここにはまざまざと残っていました。とても充実した一日となりました。

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by shin-pukupuku | 2017-08-21 10:00 | 雑感 | Comments(0)