カテゴリ:教育関係( 428 )

中学校教育実習巡回指導

 本日は、中学校の巡回指導に行ってまいりました。
 電車が駅に着いたのが15分前で、そこから慌ててその中学校へ向かったのですが、ぎりぎりセーフ。汗だくだくで実習生の授業を参観しました。
 授業科目は理科。しかも実験。私はまったくわかりません。教育内容ではなく、中学生の様子を見ていました。中学生といっしょにいると、昔を思い出してしまってどことなく落ち着くから不思議です。中学生たちも落ち着いて授業を受けていました。理科の実践は、アクティブラーニングですので、子どもたちも飽きることはないですね。
 それでもいろいろと気付いたことはあったのですが、授業後の担当の先生との指導の時間では、ほとんど私は指摘をしませんでした。指導教官の先生が一生懸命教えておられるのがわかったからです。この先生にお願いしておけば大丈夫だなと思いました。私が指摘するということは、その先生の指導が問われるということにもなりますので、私はむしろ褒めることに徹しました。
 あっという間の1時間30分でしたが、充実した時間となりました。

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by shin-pukupuku | 2017-05-29 13:59 | 教育関係 | Comments(0)

不登校支援のための記録

 昨夕は、不登校支援研究会の2回目を実施しました。地区から10名ほどの担当者が集まり、準備してきた不登校支援のための記録用紙を報告してもらいました。
 発表を通して驚いたことは、各学校によって記録用紙の内容がバラバラであることです。これほどまでに各学校に任されているのかと逆に驚いてしまいました。
 そして、私が思ったのは、記録をとるための目的を各先生方は理解しているのかという疑問でした。引き継ぎのための記録という目的、ケース会議のための記録、日常的な状況を記す記録、情報共有のための記録ーそれぞれの目的をもってやっているようではありますが、下手をすると記録のための記録になっていないかということを感じてしまいました。そして記録することの目的を理解しながらやっているのかということも感じたわけです。
 不登校支援のための記録は、基本的に「見立て」をするためにもっとも必要ではないかと私は感じています。初期の段階で、また状況が悪化していく中で、アセスメントを実施し、適切な見立てをするための記録は必要です。そして外部機関との連携において、そのような記録がないと適切な専門的判断は下すことはできません。
 そのための記録を上位目標として教師は記録をとることが求められていると思います。ケース会議に最近はスクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカーも参加して適切な見立てを行うようになってきているようですが、記録を分析しながら支援策を考えていくことが求められているのでしょう。文科省は昨年夏に不登校支援の提言を出していますが、その中には具体的なアセスメントの記録表も提示されています。しかし、学校現場ではなかなかその記録用紙を真似して実施しているところはまだまだ少ないようです。

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by shin-pukupuku | 2017-05-27 09:11 | 教育関係 | Comments(0)

政治的中立とは何か。

 現代社会の授業づくりについての授業を行いました。取り上げたテーマは教育基本法に記されている政治的教養と政治的中立です。昨年末に九民研で話題になりました政治的中立と教師の関係で、政治的な問題を生徒から教師の心情を聞かれた時に教師はどう答えるべきかという具体的な場面を想定した考察を議論しました。
 学生たちは政治的教養の大切さを選挙権18歳と関わらせて理解しています。主権者教育にとって必要なことだと思っています。一方で文科省や自民党の動きの中で、政治的中立という名目で生徒たちの政治活動をしばり、同時に教師の授業づくりにおいても縛りがより一層強まっていることを理解していきます。
 そのような状況把握のもと、杉浦正和の模擬選挙についての論考をもとに、模擬選挙の効果と課題をつかみ、上記の議論を行いました。学生たちは、自分自身の考えを教師は言うべきではないという一方で、それぞれの立場を説明して最後に自分なりの意見を言うのは良いのではないかと述べます。「自分の考えを述べるのは政治的中立をおかしているのではないか」「教育学的視点から生徒たちは教師の思いや考えを聞きたいのではないか」と私は指摘します。すると、学生たちはどうすべきか、悩んでいたようでした。
 最後は、公民科教師の今後の大きな課題は、政治的中立をどうクリアーして政治的教養を生徒たちにつけていくのか、その工夫と努力が求められているという内容でまとめました。
 授業は学生たちの意見を聞きながら、教師がコーディネート役になるというのが、理想型のようです。授業の流れをあらかじめシナリオのように描くことはむずかしいですが、その場で考え、論点を整理し、議論していくというのは楽しい作業です。そのような授業では、TH大学学生の質の高さを痛感します。

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by shin-pukupuku | 2017-05-25 09:22 | 教育関係 | Comments(0)

MMマガジン第6号は…

□■□ MM小学校教師用ニュースマガジン□2216□
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判決書事例で学ぶ安全教育 第6回 
 ~学校事故への教師対応の学びのために(1)~  
           
                   
1.はじめに

 今月号より学校事故への教師対応についての学びとなる判決書事例を紹介します。予定では、小学校に関係する学校事故を3回にわたって紹介したいと思います。
 学校事故については、判決書事例を紹介した書籍は多数発表されています。ここでは、小学校の教師としてどのようなことに留意しながら日頃の教育活動を行うべきなのか、できるだけ具体的に事例を通して考えていけたらと思います。それらの学びは、基本的に児童の学校安全に関わる学校教師の安全配慮義務に関係します。教師は教育的な側面からさまざまな配慮を行っていますが、法的視点からその配慮を自己省察することは必要不可欠なことだと思います。
 私は現場教師になり始めた頃、校外活動を引率する際、最初に教師たちが全員を前にして注意指導をわざわざする意味がよくわかりませんでした。校外活動についてはだいたい前日までに事前に注意指導をしていますので、それだけで良いのではないか、無駄ではないかと思っていました。しかし、安全配慮義務という法的視点から学びますと、活動の直前に再度全体指導をするという教育的営みは、欠いてはならないことが理解できました。無駄と思っていた活動は、実は必要不可欠なものだったのです。
 判決書事例は、そのような教師の日常的な教育的活動の意味を教えてくれます。それは必然的に法的責任という視点からの考察になりますが、その学びは教師の行動指針につながると私は思います。


 そこで今回は、学校事故について、特に「昼休み中のケガ」に焦点化します。小学校2年の女子児童が、昼休みの休憩時間中に、一輪車に乗っていた男子児童に後方から衝突され、傷害を負った事例(東京地方裁判所平成17年9月28日判決)を取り上げます。

2.事件の概要

本裁判における事件の概要は、小学2年生の女子児童が、校庭で同級生4人とともに校庭の一輪車置場の周辺で「ドロケイ」と呼ばれる鬼ごっこに類する遊びをしていましたが、一輪車に乗っていた男子が,歩いていた女子児童らの後方から接近し,衝突しました。そのため,女子児童はその場で前方に転倒しましたが、当日の看護当番で校庭担当であったC教諭は,その事故に気が付きませんでした。女子児童は保健室に向かいましたが、養護教諭は出張のために不在で、上級生に治療してもらい、そのまま清掃活動をし、授業も受けました。ところが、帰宅後に気分が悪くなり、吐き気をもよおし、母親が病院に診察に連れて行きます。その後、体調はなかなか改善されず、やがて精神的に不調となり、不登校気味となりました。保護者は学校教師の事故当日の安全配慮義務が要因であるとして損害賠償を請求した事件です。

3.判決の内容

 判決結果は次の通りでした。

 1 学校を管理する区は,保護者に対し,103万8183円及びうち11万7883円に対する平成11年5月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 2 保護者のその余の請求を棄却する。
 3 訴訟費用は,これを10分し,その9を保護者の負担とし,その余を被告の負担とする。

4.学校・教師の対応

 判決の内容を見ればわかりますように、学校教師は安全配慮義務違反を認定されています。いったい学校教師のどこに問題があったのでしょうか。

 学校側は、児童たちの安全のために昼休み中も遊びの様子を管理監督する看護当番を決めていました(この小学校においては,全教職員が交替で,校庭1名と校舎内2名が安全指導に当たり,休み時間中,危険な遊びをしたり,子供同士のトラブルがあったりすれば,その場で必要な注意,指導を行う看護当番を週ごとに決めていた)。
 また、生活指導部は児童の安全を確保する方策の1つとして「生活指導のきまり」を作成し,児童らが校庭で遊ぶ場合,大まかな遊びのゾーンで遊ぶこと及びサッカー,キックベース,バスケットボール,縄跳び及び一輪車のゾーンをつくり、一輪車については鉄棒付近がゾーンとされていました。(なお,そのきまりは,小学校の教職員内部における取決めであり,児童やその保護者らには配布されていませんでした)
 また、A校長は,各学級担任に対し,「生活指導のきまり」にしたがって児童らに生活指導を行うように指示する一方で,年度初めの全校朝会における校長講話の中で,児童らに対し,校庭で遊ぶ際には,決められた遊びのゾーンで遊ぶよう口頭で説明していました。
 一輪車についても,A校長は,各学級担任に対し,一輪車に乗車する際には,危ない乗り方をしない,ふざけて乗らない,人に迷惑を掛けないということを児童に対し指導するよう口頭で指示していました。また、女子児童の担任Bは,担当するクラスの児童らに対し,一輪車に乗車するときは,鉄棒と一輪車置場の間で乗車するよう口頭で指導していました。

 以上の取組を見ますと、この学校は児童の安全配慮のためによく対応しているように思われます。しかし、裁判官はいったいどこに学校教師の取組に問題があると認定したのでしょうか。

 学校・教師側は、昼休み休憩時間中,遊びのゾーンを定め,児童らに対する指導を行っていたと主張しました。ところが、判決では、「『生活指導のきまり』には,遊びのゾーンに関する記載があるものの,そこには大まかなゾーンの定めがあるにすぎず,ゾーンの範囲は明確にされていない。…また,遊びのゾーンに関する指導についても,児童らに対し,「生活指導のきまり」の内容に沿った指導が口頭でされていることは窺われるものの,「生活指導のきまり」は,児童及び児童の父母らに配布されていないことに加え,遊びのゾーンは,範囲が特定されておらず,また,教職員の間で,遊びのゾーンに関する具体的な範囲についての確認が行われていない」としています。また,「担任教師も一輪車に乗車する場合には,鉄棒と一輪車置場の間で乗車するよう指導はするが,それ以上の格別な指導を行っていた事実は認められないこと,実際,本件事故以前に遊びのゾーンを守らない状況が多々見られたことから,児童らに対し,遊びのゾーンの範囲とそれを定めた趣旨を認識,理解させるに十分な指導がされていたという事実を認めることはできない。」と判断しました。
 つまり、生活指導上のきまりを作っても、形式的ではだめであり、職員同士で十分にその内容について検討し、共通理解し、それに従って効果的な指導を行うことが求められているのです。

 また、学校・教師側の児童らに対し,一輪車の乗車に関して指導を行っていたという主張については、「確かに,校長Aが,各担任教諭に対し,一輪車の乗車について児童らに対し指導するよう口頭で指示し,各担任教諭も一輪車の乗車に関する指導をした事実が認められ,ぶつかりそうなときは降りるか,声をかけるという内容の指導をしていた事実が認められる。」と認めています。
 しかし,「これらの指導は,児童の年齢や能力に応じた具体的なものであって,しかも,一輪車だけでなく,その周囲で遊ぶ他の遊びについても実施するものでなければ容易に効果を生むものとはならないと解される」とし、「昼休みの休憩時間中における一輪車の乗車について,注意事項や走行に関するルールを定めた形跡は見受けられない。」と判断しています。つまり、ここでも、形式的な指導ではなく、具体的で効果的な指導の必要性が要求されているのです。 
 
 さらに、学校・教師側が設けていた看護当番制度については、「児童の自由な遊びを妨げない指導(見守り)は,本件小学校の校庭の状況,前記児童に対する指導の結果を把握し,児童に対するさらなる指導内容を充実させるものとして一定の効用があることは否定できない。」と認めています。
 しかし一方で、「本件事故のような危険を回避する措置として見た場合,校庭に配置される教諭は,基本的に一人であり,本件小学校の校庭の広さ,校庭で遊んでいる児童の数及び校庭で行われている遊びの種類及び内容,遊びのゾーンの設定及びそれに関する指導並びに一輪車を含めた遊びのゾーンに関する指導が不十分であったこと,看護当番といえども,突発的に生じた事故には事後対応しかとれないことを考慮すると,看護当番制度による危険回避には限界があり,同制度をとっていることでA校長の安全義務が尽くされているということはできない。」と判断しているのです。
 つまり、裁判所は校庭の広さや遊んでいる児童の人数、事故になる可能性のある遊びのゾーンの設定など、状況に応じて当番制度の教諭の数を考えるべきであり、そこには事故が起こるかもしれないという状況に応じた教師側の予見可能性による安全配慮義務が重要であると言うわけです。
 この事件では、事故後の対応も裁判の争点になっていますが、記述量が増えてしまいますので、ここでは省略します。

5.何を学ぶべきなのか。
 本判決書は、まず第一に、児童の安全配慮のために学校教師は形式的な指導ではなく、状況に応じて事故の予見可能性という観点から生活指導を実践していく必要がある
ことを教えてくれています。ただ単に、「生活指導のきまり」を作っているから、昼休みに「看護当番制度」のもとで教師を配置しているからという理由で、安全配慮義務は尽くされないということです。
 つまり、「生活指導のきまり」は、児童の安全配慮の観点から教師間で議論し、共通理解して実践していくこと、さらに保護者や児童たちにその内容を理解させ、安全確保が徹底できるように配布し説明すること、看護当番制度については、事故発生を防止するために状況に応じて人数や配置場所などを検討することが求められるということがわかります。
 少なくとも、例年通りだからという理由で実施するということだけは避けるべきでしょう。
 最後に裁判官は次のように判決書で述べています。
「学校の教師は学校における教育活動によって生ずるおそれのある危険から児童,生徒の生命及び身体の安全に配慮する義務を負っており,昼休みの休憩時間においても,それが小学校におけるその後の教育活動等が予定されている時間帯であって,小学校における教育活動と質的,時間的に密接な関連性を有しているものである以上,教育活動におけると同様の義務を負うべきである。
 そして,その安全義務を尽くしたかどうかについては,教師は生徒の生命・身体の安全について万全を期すべきことを前提に,当該事故の発生した時間,場所,発生状況,事故当事者の年齢・判断能力,学校側の指導・監督体制,教師らの教育活動状況等の事情を考慮して判断されるべきである。」
 学校事故を未然に防ぐ努力は、学校教師にとっては非常に重要な取組であることを改めて私たちに裁判官は教えてくれているのです。


 次回も、別の事例をもとにして、学校事故に対する教師対応について見ていきたいと思います。

<参考文献>
・梅野正信『教育管理職のための法常識講座』(上越教育大学出版会)
・蜂須賀洋一「学校教育における法規範意識の育成に関する研究」『学校教育研究』第27号

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by shin-pukupuku | 2017-05-24 10:00 | 教育関係 | Comments(0)

教職課程が変わる

 先日の東京出張は、教職課程の変化を探ることでした。その情報を教えてくれる全国私立大学K協会の全国大会が玉川大学で行われました。その会に出席しました。玉川大学は綠に覆われたきれいな大学でした。
 その中では、文部科学省の局長や課長が特別講演やシンポジストになって、法律改正による教職課程の変更について教えてくれました。法律とは、①教育公務員特例法、②教育職員免許法、③(独)教員研修センター法の改正にかかわる変更です。
 ①は教員研修にかかわる内容で、各都道府県に教員の研修を策定する「協議会」を設置し、大学側もこの協議会に参画して、研修を効果的に行っていくというものです。その中では、10年研修が変更となり、「中堅教諭等資質向上研修」になるようです。
 ②は教職課程に関わる変更で、新たに、ICT活用の指導法、道徳教育の充実、小学校の外国語教育への対応、特別支援教育の充実、総合的な学習の時間の指導法などが加わりました。そして、教職課程にコアカリキュラムを取り入れ、シラバスでチェックするというものです。
 ③は筑波にある中央研修センターが,教職員支援機構に変わるというものです。
 上記の中で注目したのが、まず総合的な学習の時間の指導が加わった点です。各養成大学は、新たに教職科目を加えることになりました。しかし、この科目をだれが持つのかという点で課題になっています。総合的な学習の業績を持っている教員はほとんどいません。そのために資格審査が心配でしたが、どうやら各教科の指導法や道徳教育、特別活動などの科目において資格審査を通っている人の担当を認め、今回は審査を見送るようです。ただ、3年後に改めて資格審査を実施するようです。
 現場からみると、なぜ大学で総合的な学習の指導法について教えてこなかったのかという疑問があると思います。私も今回びっくりしました。しかし、よく考えてみると、総合的な学習については現場教師の方がよく理解しており、大学の教員に教えられるものではないという考え方があったのでしょう。
 次に注目されるのが、コアカリキュラムの採用でしょう。教職課程の科目でもついに規準が内容的に示されるというものですが、これについても現場感覚としては当たり前のことのような気がします。自分の好きな研究内容だけを教職課程で教えて終わりの時代は昔の話です。基礎的基本的な内容について将来教員を目指す学生に教えていくというのは大事なことのような気がします。しかし、私は個人的には、自分の好きな研究についてひたすら解説する先生もどことなくのんびりしておおらかで好きだなあ。よくカラオケで歌う「僕の好きな先生」を思い出してしまいます。
 

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by shin-pukupuku | 2017-05-23 11:34 | 教育関係 | Comments(0)

教育行政の方々

 先日、研究室にある自治体の長と教育長、課長が来られました。研究室の掃除など大変でしたが、緊張しながら迎えることでした。その方々の話を聞きながら、教育の重要性を強く感じており、教育が次の時代をつくるという意識を持っておられるなと感じることでした。どのようなことが教育にとって大事なことなのか、学力テストでは測れないこともあることをよく理解しているようでした。
 自治体の長はまだ若く、よくマスコミなどで目にしている方でしたが、政治家としての力を蓄えるために成長しようとする姿勢に驚くことでした。教育についての見識を深めたい、それがわざわざ私の研究室に来られた理由でした。
 話した内容については記録することはできませんが、私にとっても貴重な時間となりました。ともかく、ほっとしました。

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by shin-pukupuku | 2017-04-28 09:50 | 教育関係 | Comments(0)

MMマガジン第5号

 5回目となるMMマガジンの連載原稿が掲載されました。今回も小学校でのいじめ問題です。判決書はかつてska37oさんが『実践いじめ授業』で活用した七塚町いじめ事件です。この判決書をもとにして、「個性の強い児童生徒に対するいじめ」についてどう学校教師は対応すべきかを考えました。

判決書事例で学ぶ安全教育 第5回 
 ~いじめに対しての教師対応の学びのために(3)~  
                          
1.はじめに
 
 いじめ問題に関係する判決書事例については、今回が3回目となります。
 第1回は、外国籍の母親を持つ女子児童が、「暴言」や「仲間はずれ」によるいじめによって自殺した事件をとりあげました。
 第2回は、「悪口」についてのいじめに焦点化した判決書事例から、教師対応を取り上げました。
 今回は、授業中に立ち歩きをする転入生に対して行われたいじめ事例をもとにして、教師のいじめ対応を考えていきましょう。
 みなさんの学級では、特定の児童が授業中に立ち歩くことはないでしょうか。私は中学校の教師でしたが、中学生になっても落ち着くことができず、授業中に立ち歩きをする何人かの生徒を見てきました。小学校の先生方と話をすると、同様に授業中に立ち歩く児童に悩まされているということを耳にします。
 みなさんは、そのような児童に対してどのような対応をしていますか。
 文部科学省は、平成22年『生徒指導提要』で、「発達に関する課題と対応」という項目を取り上げ、「個々の児童生徒が抱える障がい特性の把握」と「個々の児童生徒の特性に応じた指導の基本的な姿勢」、「二次的障害の早期発見と予防的対応」を述べています。いわゆる発達障がいのある児童生徒の特性を把握し、個別的に丁寧な指導が必要であることを強調しています。
 同時に、「個別的な指導を行うためには、それを可能とする学級づくが大切」であり、仲間意識、ルールの遵守、お互いを認め合うこと、思いやり、意欲と責任感、自己解決能力、成就感・達成感のある学級経営が必要であることを述べています。
 つまり、個性の強い児童の行動や言動に対して、周囲の児童たちがその個性を受け止め、理解し、共感的に対応していけるような学級経営や生徒指導力が教師として問われているのです。
 学級内において児童たちは多様な個性をもつ級友と生活します。その中には、情緒障がいのように外見上はその特徴が見えにくい児童も生活しています。その特異な行動や行為ゆえに、周囲の児童たちが差別的な言動や行動をとってしまう場合も多いわけです。そのため、いじめのターゲットにされる被害者の事例が多く見られます。
 今回の判決書事例では、転入生のAに対するいじめを取り上げます。Aは、授業中に立ち歩いたり、突然授業中の担任教諭のところへ歩み出て授業科目とは全く別の教科のことを質問するなどの勝手な行動が見られました。
 個性の強い児童に対するいじめに対して、教師はどのようなことに気を付けながら学級経営や生徒指導を行っていったらよいのでしょうか。
 今回は、いじめについての学校安全、特に個性の強い児童に対するいじめに焦点化します。判決書事例は少し古いですが、金沢地方裁判所平成8年10月25日判決を取り上げます。

2.事件の概要
4年生の3学期に転入してきたAは、転入直後から「ばか」「クッパ」とか「ちゃんと席につかんとだめやがいや」「起立せい」「やーい、決まりは守れ」などと言われたと母親に訴えます。いじめの対象となることを心配した母親は、担任に相談しますが、むしろ担任は「子供達には悪気はなく、親切心で言ったことだと思う。」との趣旨の意見を述べます。その後、上級生からの暴力があり、母親は学校を信頼できず、学校を休ませることにしました。
 5年生に進級してクラス替えとなり、担任も変わったことでAは登校を再開します。
 しかし、始業式当日にAが同級生らから、からかわれるということがあり、四月中には、Aが、同級生から掃除の時間などに小さな声で囃し立てられたり「変な一郎」などとからかわれたりする出来事が三回ほど発生します。一学期中には、筆箱が壊されたことがあるほか、学期の終りころにも、叩かれたり、悪口を言われたりすることが二回程発生しました。二学期に入ると、九月には、同級生らから足を蹴られたり、「髪の毛を切ってこい」「女」などといわれる出来事が発生し、さらに何者かによってAの筆箱が床の上で踏みつけられるという出来事が発生しました。
 そして、問題の事件が発生します。担任は研修旅行に出かけたため、クラスは一時限目から教師不在のまま児童だけによる自習授業が行われていました。四時限目に、Aの机に糊が塗り付けられるといういたずらが起こり、休憩時間に入るころ、教室の出入口の戸を押さえてAを外に出られないようにするいじめが起こります。さらに、三、四人の生徒がロッカーの戸を押さえてAを狭いロッカー内に閉じこめて、外側からロッカーを蹴ったり叩いたり脅かします。さらに会議室の前まで連れて行き、二、三名の児童がAを下足脱ぎ場に連れ込んで取り囲み、足を蹴ったり、胸を引っ張ったりしたほか、ズボンの上から性器を触るなどの暴行を加えました。
 加害者側児童の保護者とAの両親は、謝罪をめぐって対立し、Aの両親らは児童らに反省している様子が見られず、学校側もそれに対して格別の措置をとっていないとして、不信を募らせ、こうした状態のままではAは登校できないとの姿勢をとり続けて、不登校を続け、学校教師および加害者保護者に対して損害賠償を請求した内容の事件です。

3.判決の内容
 同級生らのいじめにより負傷し、登校拒否となったAにつき、校長、担任教師に、クラスの指導監督を怠っていた過失があるとされ、学校及び加害生徒の親に対して求めた損害賠償請求が認められました。

4.学校・教師の対応
 集会中にふらふら歩きまわったり、授業中に席を立って自分の言いたいことを言うことがたびたびあり、いじめの対象者となりがちであった転入生のAに対して、5年生の担任B教諭、およびC校長はどのような対応をとったのでしょうか。
 判決書から実際に行った学校教師の対応を見ていきたいと思います。
(1)「学校側では、担任のB教諭ばかりでなく、C校長や隣の組の担任のD教諭らが、Aに対するいじめと思われる行為が明らかになる都度、行為を行った児童に対して個別に注意を与え、一学期中は、Aに対するいじめ行為は徐々に減るようになった。」
(2)「Aは、五年生に進級後も、集会中にふらふら歩きまわったり、授業中に席を立って自分の言いたいことを言うことがたびたびあったが、担任のB教諭は、クラスの児童全員に対して、再三、Aがクラスのルールを守らないことがあっても、それを理由に叩いたりしてはいけないと注意を与えていた。」
(3)「(暴行事件のあった)自習時間中には、隣の担任であったD教諭が、ときおり様子を見に訪れていたが、D教諭が、四時限目の授業時間が終了して給食の準備に入ったころに教室を訪れたときに、Aが自分の机に糊が塗り付けられるといういたずらを発見して訴えたので、すぐに周囲の児童らに対して、だれがやったのかと問いただしたが、名乗り出る者はなかった。そこで、D教諭は、糊を拭き取って、原告が給食をとれるような状態にしたうえで、自分の担任する教室に戻った。」
(4)「暴行事件の翌日、Aの両親は、校長室にC校長を訪ね、事件に関与した児童から直接話を聞きたいと強く要望したため、校長は、関係した九名の児童を呼び、Aの両親がこれらの児童に対して直接に事実関係の確認をすることを容認した。
 そこで、Aの父親は各児童を一人づつ順に問い詰めていったが、強い口調で非難したり、性器を触った児童に対しては、その事実を質問した後、Aに向かって「やってこい。」「やられたらどんな気持ちになるか味わってみい。」とその場で報復的な行為を唆すなどの言動もみられた。そのため、児童の中にはその場で泣き出す者もあり、後に、その時の様子を児童から伝え聞いた保護者の中には、自分の子供の方こそが被害者であるという感情を抱くものが少なくなかった。」

 上記の(1)~(4)の中で、学校教師の対応のどこに問題があったのでしょうか。
 みなさんが真っ先にあげるのは、おそらく(4)ではないかと思います。
 C校長の判断は明らかに間違いでした。あくまでも学校内で起こった事件については、学校教師が責任を持って調査すべきでした。事実関係の調査については、関係者に個別に事実を書かせ、その事実をつきあわせて、矛盾がある場合はさらに事実を追及していく対応を生徒指導として行うべきでしょう。それは、教育における専門家としての学校教師の取り組むべきものでした。校長としては、Aの両親の強い要望に押されてしまったのかもしれませんが、その判断ミスが最終的に損害賠償請求となる裁判を引き起こしたと思われます。
 次に問題となるのは、(3)ではないかと考えられます。Aに対するいじめがそれまで何度となく起こり、今後も起こる可能性はあったわけです。たしかに上記(1)や(2)の対応によって、その可能性は小さくなってきてはいましたが、そこでも判断ミスでした。B担任は、隣のクラスのD担任に自習中の指導をお願いすれば、なんとかなるだろうと考えていたのでしょう。私たちも自習中の指導について安易にそのように考えがちです。
 ところが、判決書では次のように指摘します。
「担任のB教諭及びC校長らは、当時、Aに対する同級生らからのいやがらせや暴行行為が再び発生する危険があることは十分に予見できた。担任の教諭が終日教室を不在にするような場合には、児童らに対する教師の指導監督がおろそかになり、児童の気も緩んで再びAに対するいやがらせや暴行行為に及ぶことが一層強く懸念されるのであるから、そのようなことがないように、例えば、学習時間の一部だけでも他の教師による代替授業を行ったり、自習を行わせるときには、教師が高い頻度で教室の様子を見に出向くなど、できる限り教師による指導監督力の低下を防ぐための措置を講ずべきであったというべきである。」
 これまでのいじめ判決書事例による学びで、何度も「組織的対応の必要性」を述べてきました。特に小学校では、児童の指導に関して学級担任に関わる比重が高いために「組織的対応」が不十分な事例が多く見られます。今回の事例でも、組織的対応の不足が事件を引き起こす要因になっています。
 判決書の記述には、生徒指導主事の役割が出てきませんし、教頭の姿も見えません。いじめの発生が予想される時は、隣の担任だけに自習を預けるのではなく、学校全体で自習時間にだれがどのように様子を見るのかについての確認が必要であったと言えます。
 さらに、上記の中で私は(2)の対応についても不十分だと考えます。そのために、Aに対するいじめが続いてしまっていたのです。
 近年、学級において、特に発達障がいの児童生徒が注目されるようになり、「集会中にふらふら歩きまわったり、授業中に席を立って自分の言いたいことを言う」児童生徒は、その可能性があると言われます。しかし、簡単にレッテルを貼ってしまうのもどうかと私は思います。当然、特別な支援によってそのような児童生徒に対応していくことが必要なのは、言うまでもありません。一方、周囲の同級生に、そのような児童生徒の特性をどう理解させていくかということが最も大事ではないかと思います。
 上記の(2)ではそれなりの対応をしているように見えますが、まだまだ不足していると思います。(2)では説諭だけです。それでは教師の自己満足であり、道徳などの授業において、教材をもとに教えていく必要があったと思います。

5.何を学ぶべきなのか。
 本判決書でも、まず第一に、「組織的対応」の重要性を学ぶことができます。児童生徒のいじめ対応においては、担任だけではなく、学校全体で見守っていくことが必要です。教師の横の連携と縦の連携が求められると思います。いじめ問題については、できるだけ多くの教職員が関わり、連携を図りながら、見守っていく必要があります。
 第二に、いじめ問題が起こる可能性が予見される場合は、通常以上に児童生徒を見守る必要性があるということです。自習にする時は、児童生徒にまかせるのではなく、監督体制をきちんととる必要があることが、本判決書でわかります。
 第三に、障がい理解教育の必要性です。単に説諭による指導だけではなく、教材を通した学習が求められます。教材を通して間接的に学級には個性のある同級生が存在することを自覚させ、どのような対応をとることが学校生活を平穏に過ごしていくことにつながり、お互いの人格権を尊重していくことになるのか、その学びが個性の強い児童生徒たちへのいじめ防止・抑止につながります。
 私は、判決書事例を教材にして、いじめについて授業実践を行ってきました。紹介しましたように、判決書事例を活用した授業は、立ち歩く子どもたちのことを自覚させ、いじめ抑止・防止に効果があると考えられます。
 次回からは、学校事故についての判決書事例を紹介し、学校教師の対応を考えていきたいと思います。
 

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by shin-pukupuku | 2017-04-17 08:58 | 教育関係 | Comments(1)

2020年のセンター試験に期待

 本日の朝日新聞の一面は、2020年から大幅に変更されるセンター試験に代わって行われる「大学入学希望者学力評価テスト」についてでした。英語は英検などの民間試験を2回まで受験が可能で、国語については80~120字の記述式を含む問題を数問取り入れるという内容でした。
 学力について、知識の蓄積ではなく、思考力や判断力、表現力を重視しようとする姿勢が見られます。私は基本的にこの改革に賛同します。改革が20年は遅すぎたと思っています。
 楽しみにしたいのは、地歴科や公民科の社会科系の試験がどのように変わるかということです。この変化はおそらく高校の授業を変えると思います。
 先日、TH大学での授業を行いました。本年度から公民科教育論も教えることになり、2コマ続けて教えました。その中で、驚いたのは「高校時代の公民科授業で印象に残っている」ものを学生に発表させた時の内容です。
 進学校が多いためか、センター試験対策を視野に入れた授業がいかに多いかということにびっくりしたのです。ある学生は、先生が黒板いっぱいに板書し、それをひたすら写し、その後説明がある授業であったと語ってくれました。ある学生は、センター試験の受験科目ではなかったために、先生方は受験科目に関わらせた部分の日本史や世界史を倫理や現代社会で重点的に教えていましたと発表しました。
 そんな中で、高校教師には個性的な先生も多いようで、ある先生はいつも安倍政権の批判が授業の中心であったが、教科書レベルの内容とは違うことをいつも授業で話していたと批判的に語ってくれました。また、ある先生は、センター試験直前の最後の授業で、丸山真男を取り上げ、徹底的に批判したんだそうです。その学生は、「超右翼的な教師だった」とその先生を非難していました。
 中学校と違って、高校の現場は進路が前面に出てしまうので、どうしても授業そのものも工夫しにくいところがあるのでしょう。特に、進学校では、どれだけ国立大学などの有名校に生徒たちを合格させたという観点が、高校教師の業績だと考えるところがありますので、センター試験との関係性は切っても切れないところがあるのだと思います。
 それだけに、新しい入試制度の改革は、とても楽しみです。高校の授業を変えるほどの改革であってほしいと思います。

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by shin-pukupuku | 2017-04-14 09:17 | 教育関係 | Comments(0)

道徳教育の授業で

 「道徳教育の指導法」という授業で、学生たちに中学生の時の道徳のことを思い出してもらいました。一つが「中学生の時に、道徳的に成長したなあと思ったのは、どのような学校の教育活動においてでしたか。」というのと、もう一つが「中学生の時に、道徳の授業で印象に残っているものを紹介して下さい」というものです。
 学校の教育活動については、多様な経験を語ってくれました。宿泊学習による自然体験、全国大会まで経験した部活動における奉仕活動、仲間と話し合いつくりあげた生徒会活動、朝のあいさつ運動と雪かき運動(秋田出身の学生でした)などを挙げてくれました。
 道徳の授業については、あまり期待していませんでした。おそらく学生たちは、道徳の授業についてはそれほど感銘を受けず、印象も薄いものであろうと予想していました。
 ところが、話を聞いてみると、見事に予想は外れました。1人の学生を除いて、ほとんどの学生が印象に残る授業があるというのです。ディベートで教材をもとにして命の問題を語り合ったこと、同級生が亡くなり、そのことをもとにして命の大切さを考えあった授業、新聞記事を活用してのいじめ授業、そして、副読本を教材にしながら、グループで話し合ったりして意見交換した授業など、それぞれの学生が道徳授業について好意的な話をするのです。道徳の授業が好きだった人と聞くと、過半数が手を挙げました。驚きでした。私の現場でやっていた道徳授業では、生徒たちにそのような感想を持たせるなんて考えられないことでした。
 特別の教科道徳になり、道徳授業が注目を集めていますが、この10数年で確実に道徳授業は充実しつつあるのかもしれません。私だけが、取り残されてきたのかもしれないと思いました。

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by shin-pukupuku | 2017-04-12 10:24 | 教育関係 | Comments(0)

今年は当たり?

 今年は科研費が当たりました。4度目にしてやっとという感じです。今回もダメかなと本音は不安でした。発表は4月1日だったようですが、私はそれに気づかず、3日の夕方まで気づきませんでした。自分の研究者ページを見ても、採択されたという内容のものがわからなかったために、ああ、今回も落ちたんだなあとあきらめていました。
 ところが、事務から研究者情報の訂正のメールが入り、なんだろうと思っていたのです。そこで、改めて確認すると、採択申請のところにちゃんと研究テーマが書かれているではありませんか。
 気づいたのは昨日の19時前。「バンザーイ」と一人声を出してしまいました。
 研究テーマは「安全学習の総合的研究」です。もちろん判決書教材を活用したプログラムと授業開発が副題としてつきますが、児童生徒向けの安全学習に注目した研究です。いじめ問題だけでなく、学校事故、体罰、防災、部活動などをテーマにしながら、児童生徒の安全についての資質能力をいかに向上させるかということを研究していきたいと思っています。
 なによりうれしかったのは、鹿児島の仲間である実践的研究者といっしょに研究できることです。お世話になった鹿児島の研究会も、最近はあまり開かれていませんが、今回を機に1年に数回は研究会を持てないかなと思っています。

 ところが、本日、教員室に向かいましたが、事務はだれも声をかけてくれませんでした。掲示物にも科研費採択者の名前が記されていませんでした。ひょっとして…今、少しだけ不安になっている自分がいます。本当に採択されたのかな?

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by shin-pukupuku | 2017-04-04 09:48 | 教育関係 | Comments(0)