カテゴリ:本( 228 )

今月号

 今月号の『歴史地理教育』は、「日中開戦80年から学ぶ日中交流」というテーマでした。メインは、南京での授業交流でしょうか。日中全面戦争のきっかけとなった七月七日の盧溝橋事件に合わせて、この特集を組んだと思われます。
「南京事件を掘りおこす」という小野賢二さんによる聞き取り調査活動に対するインタビュー記事もなかなか興味をひくものであったと思います。小野さんの話は、従軍した兵士への従軍日記を31冊発掘した事実を示し、その事実だけでも「南京事件」の歴史的事実を教えてくれています。また、従軍兵士へのインタビューによる証言においても、そのことを科学的に証明していると思います。
 上記の内容を最初に押さえて、現状としての日中による授業交流を紹介しています。その中で、南京市の中国の先生が、「歴史学習が持つ価値とは、生徒の価値観の形成を助けることである。授業で生徒に歴史を振り返らせ、歴史を記憶し、理性をもってそうした歴史に向き合うことを求める。最終的に平和を守るというテーマ、方向性を持つことが目標である。授業内外の交流や討論、分析など、生徒は考えることで、自分自身の価値観を形成できる。つまり、歴史から現在を見ることで、未来に灯りをともすことができるのである。」と述べていることは、注目すべきものであると思いました。日本の歴史学習よりも、中国の方がより進んでいるのではないかと思います。

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by shin-pukupuku | 2017-06-29 05:37 | | Comments(0)

伊藤潔『台湾』(中公新書)を読んで

 この本は台湾の歴史を学ぶにはコンパクトでわかりやすく、ベーシックなものになる文献だというのが第一印象でした。
 また、私にとっては新しい知見を教えてくれるもので、かなり楽しく知の歓びを感じながら読み進めていきました。
 もっとも印象深かったのは日清戦争後の日本への植民地化への抵抗です。それなりの抵抗はあったのだろうなという予測はしていましたが、日本占領の前にアジア最初の共和国として台湾民主国が誕生したことは知りませんでした。そして、日本軍が台湾に侵攻して、その台湾民主国が崩壊し、土匪の抵抗が続いたことについても、この本で詳しく知ることができました。
 台湾は、これほど日本に近い国なのに、その歴史について私たちは知らなさすぎるのかもしれません。

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by shin-pukupuku | 2017-06-12 06:11 | | Comments(0)

最新号から

『歴史地理教育』6月号を読んでいます。山田朗「自衛隊と学校・地域」の論考を読んで、自衛隊が女性や青少年、地域社会を巻きこんで、着実に軍事化を進めつつある現状を学ぶことができました。そういえば、うちの大学でも大学祭の時に自衛隊関係者がやってきて募集のPRをしています。だれが認めているんだろうと噂にはなりますが、知らないうちに回数を重ねているようです。
 中條克俊「平和おじさんと中学生」の論考も面白かったです。中條さんは20年以上前に長崎で行われた全国教研の時に社会科分科会で知り合いになりました。当時の共同研究者3名ほどといっしょに飲んだ記憶があります。「科学的社会認識」の曖昧さについて教えてもらいました。また、当時、組合が分裂していた中で苦労を重ねていたことを知りました。
 その後、中條さんは風船爆弾についての掘り起こしと授業実践を行い、著作として発表しました。私が注目していた実践家でした。
 すでに退職していたんですね。驚きました。そしてその中條さんが「平和おじさん」と呼ばれていたことを知り、とても嬉しい気分になりました。自分の信念を貫き通した社会科教師だったんだと思います。

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by shin-pukupuku | 2017-05-30 09:16 | | Comments(0)

蔡英文『新時代の台湾へ』を読んで

 今朝の朝日新聞の記事では、「蔡政権内憂外患」とあり、支持率が総統就任当時の52%から30%に落ち込んだと書いてありました。「対中国弱腰批判も」という見出しもあります。台湾の民進党は基本的に中国からの「独立」志向でありますが、蔡政権は現状維持を訴えてきました。
 タイトルの本は、蔡英文が総統になるまでの基本政策についての自分の考えを書いています。それは、民進党の綱領にしばられた政策ではなく、台湾全土をくまなく回り、そこで出会った民との出会いを通して政策立案がなされていることを紹介していました。特に、2014年に立法院を占拠した「ひまわり運動」の中心であった若者に対する期待や思いを大事にして、台湾の未来を切り開いていこうという姿勢をこの本から感じました。
 台湾の民主化はこの30年あまりと日が浅いですが、日本以上に民主化が進んでいるような気がします。それは、この国を思う多数の民に支えられているからでしょう。10年後20年度にに台湾はどうなっているかはわかりませんが、大国の狭間のなかにもかかわらず、蔡総統のようなリーダーが続くかぎり、民主的な社会づくりは進んでいくことでしょう。台湾を訪問するために、この国の活力を感じます。

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by shin-pukupuku | 2017-05-18 09:34 | | Comments(0)

坂野徳隆『日本統治下の台湾』を読んで

 著者は私と同じ年。記者から小説家に転向し、台湾に在住しながらノンフィクション作品を発表してきた方です。

 この本の特色は、内地から台湾に移り住み新聞などで風刺画を発表し続けた国島水馬の作品に注目し、その風刺画を見ていくことで日本統治下の台湾を分析していくというものでした。

 台湾で活躍した国島水馬は、上手に検閲をすり抜け、批判的な漫画をたくさん発表しています。その風刺画を見るだけで楽しくなってしまうという感じの本でした。同時にその風刺画を追いかけることで、台湾の歴史を学ぶことができました。

 頭を休めるためにはこんな本が最適です。


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by shin-pukupuku | 2017-05-13 09:51 | | Comments(0)

グローバリズム以後

 エマニュエル・トッドの『グローバリズム以後』(朝日新書)を読みました。ドットはフランスの歴史家で、家族人類学者、人口学者のようです。これまで、ソ連崩壊や米国の金融危機、アラブの春、英国EU離脱などを予言した人のようです。
 トッドは、EUについて、「今は解体の時期です」と断言します。そして、「移民をめぐる危機は、ただ英国だけでなく、様々な様相で欧州解体の最終局面をもたらしつつある」と述べています。
 彼のEUについての今後の動きについての言説を考えると、来月のフランス大統領選挙は、ルペンが勝つのではないかと思われます。まさしく移民問題を口実にして、ルペンはフランスのEUからの離脱を政策として述べているからです。
 マスコミ報道の状況からは、対立候補であるマクロン氏が圧勝しそうですが、トランプ大統領がそうであったように、選挙の結果は最後までわかりません。
 もし、そういう結果になれば、まさしく今世界は内向きに進みつつあるということが言えると思います。ナショナリズムの高まりを感じます。

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by shin-pukupuku | 2017-04-27 14:43 | | Comments(0)

ブラック部活その2

 最新の『季刊教育法』192号では、ブラック部活を特集しています。特集は2回目のようで、座談会を取り入れてブラック部活動の実態をあぶり出そうとしています。「それでも部活はやめられない」という中学校教諭の論考には、現場経験者として首肯する部分が多く、多忙の渦に巻きこまれる実情がよくわかりました。H中学校でサッカー部の顧問であった時の苦悩を私も思い出すことでした。
 それにしても、なぜこのように部活動をめぐって教師のブラック化が問題になってきたのかが私にとっては問題意識としてありました。以前から、中学校の部活動についてはその問題性は問われていましたし、教師の多忙化についても言われ続けてきたことです。
 この特集はそのことについてのヒントを教えてくれました。昔は、教師の勤務をめぐってはかなりおおらかなところがありました。夏休み中は夏休みとして休む時間が十分にありました。勤務時間も長期休業中は9時~4時という慣習も有り、先生方も部活動を午前中にやると、そのまま姿が見えなくなるということもよくありました。それは、今から考えると、授業期間中の超勤を帳消しにする作用があったのだと思います。だから先生方も我慢できたのだと思います。家族との触れあいも長期休業中の時間でごまかしていたのでしょう。
 ところが、2000年代になってからでしょうか、新自由主義の考え方は教師の働き方にも大きな影響を与えました。保護者は児童生徒は教えるー学ぶという関係から解き放たれ、公的サービス提供者とサービスを受容する市民、消費者という関係になってしまいました。そのため、「市民の目」という形で、教師の勤務は囲まれていったようです。
 今では、長期休業中でも勤務時間は平常と同じで、部活動が勤務時間外にやらざるを得ない時も、その分の残業時間代は無視されるという状況があります。勤務時間変更の配慮もありません。やむなく教師たちは職員室でやるべき仕事もないのに、談話して時間をつぶしている状況があります。
 そして、何よりも、高校入試の推薦制度が部活動のブラック化に影響を与えたのではないかと思います。生徒たちは内申書の記述に部活動の記録があることを知っています。保護者は当然ですが、高校側もその内容が合格への一つの要素としてみています。このことで、教師、生徒、保護者がいっしょになって部活動での成果を手にしようとするわけです。
 部活動のブラック化については、今後も関心を持って見ていきたいと思っています。

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by shin-pukupuku | 2017-04-23 10:28 | | Comments(0)

今月号は…

 今月号の「歴史地理教育」についてです。特集は、「『道徳の教科化』と社会科の授業」という魅力的なもので、かなりワクワクして読みました。ところが、内容は期待外れでした。二本の論文は、道徳の教科化は戦前の「修身」の復活であり、国家的な道徳がつくられ、民主的な社会をつぶしていくことになるという結論でした。基本的に私も同感ですが、ではどのように現実問題として位置づけられた「特別の教科道徳」を教えていくのかという視点が弱いと思いました。たしかに、その後の実践3本がそれに応えていると思われますが、すべて社会科の実践なんですよね。社会科関係の雑誌だから当然と言えば当然なのですが、しかし、物足りなさを感じました。
 若手の道徳教育の研究者である柳沼良太(岐阜大学)や松下良平(金沢大学)の研究の成果をどのようにとらえ、そして現場実践として実らせるかという視点が、必要だったと思います。
 私は基本的に道徳の教科化には反対です。しかし、学習指導要領で決まった以上、これからはこの道徳でどのように子どもたちを育てていくかという視点が大切であると思っています。戦前の天皇制国家と重なるような方々は、この道徳教育で話題の教育勅語を利用して、授業化しようと考えているはずです。それに対抗した授業実践レベルでの取り組みがこれからは求められていると思います。

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by shin-pukupuku | 2017-04-21 09:30 | | Comments(1)

『共生保障<支え合い>の戦略』を読んで

 宮本太郎『共生保障<支え合い>の戦略』(岩波新書)を読みました。宮本は、中央大学教授で政治学、福祉政策論を専門にしているようです。岩波新書では以前、『生活保障 排除しない社会へ』という著書を記しています。また、宮本は政府の福祉政策の委員会に関わっている方で、日本の福祉政策の一人者と呼べる方だと思います。
 宮本は、日本においては、1990年代の半ばから、介護保険制度および障害者自立支援制度の成立、さらに子育て支援新制度の導入に見られるように、準市場の制度を軸にした普遍主義的改革が進められてきたが、財政的困難、自治体の制度構造、中間層の解体という三つの構造的ジレンマに制約され、その普遍主義的改革がうまくいっていないことを述べています。普遍主義的改革とは、選別主義に基づく、一部の選別された社会的弱者に対してのみ社会保障や福祉を提供しようとする考え方ではなく、支える側も支えられる側もともにサービスの対象にしていこうとするものです。それが共生保障という考え方だと主張します。
 私はこの本を読みながら、宮本の述べる共生保障に共感することでした。たしかに、選別主義ではなく、支え、支えられるシステムが求められる状況は現実的にたくさんあります。たとえば、私の義母なども、共生保障という考え方で社会福祉のサービスを受けられたら、どんなに幸せな毎日を送ることができるかと想像します。高齢者となり、自分のできないところは共助で支えてもらう、また、共助を通して別のところでは必要とされるサービスに参加することも可能だと思います。公助は必要不可欠な要素であることは言うまでもありませんが、自助、互助、共助、公助をうまく組み合わせながら共生していく社会づくりというのは、魅力的なものだと共感することでした。
 宮本太郎のこの本は、研究者としての学問的裏付けのもとで記されたものであり、非常に説得力のある理路整然とした大衆向けの啓発を目指した著書だと思いました。

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by shin-pukupuku | 2017-04-10 09:27 | | Comments(0)

教育政策の四つのパラダイム

 昨日、目を通した藤田英典「教育政策の責任と課題」『岩波講座教育変革への展望6学校のポリティックス』の論考を読んで、心に残った部分は次のところでした。
 藤田は「教育政策の四つのパラダイムとその展開」について、ハーグリーブスとシャーリイの論述内容を参考にして、わかりやすく整理しています。
「…政策の関心・焦点は、豊かな学びと子どもたちの幸せにある。保護者や住民・市民には積極的信頼が期待され、教師には、保護者や住民・市民の積極的信頼に応えるためにも専門的資本の蓄積・向上に努めることが重要となる。そして、以上のことが実現していく過程で、三つのアクター間のコミュニケーションが拡大し、種々の技法が伝播・普及し、システム・レベルでの一貫性が確立していくことになる。…」
 上記の教育政策を「第四の道」として、藤田は好意的に紹介しています。
 私はこの第四の道を学んで、私たちが必要としてきたのは、これではないかと深く感じました。それは、現場に身を置いて保護者からのクレームに苦しみ、教員への評価制度や全国学力テストが始まり、息苦しい現場の雰囲気を感じてきたからだと思います。
 アカンタビリティやエビデンスなどの用語が現場でも次第に浸透しつつあります。その内容一つ一つは意義深いところもありますが、その背後にどのような教育政策上のねらいがあるのかを私たちは見抜いていく必要があります。そのことを上記の論考は教えてくれました。

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by shin-pukupuku | 2017-03-29 06:40 | | Comments(0)