<   2011年 08月 ( 18 )   > この月の画像一覧

コクリコ坂を見ました

 素敵な映画でした。私はこのような作品は大好きです。心が震えるのを感じながら作品を見つめていました。
 時代は高度経済成長の前期でしょうか。東京オリンピックのポスターが貼られ、朝鮮戦争で機雷に触れて父親が死んだことが会話の中で出てきました。街の風景は工場の煤煙で公害が深刻になりつつある様子を示していました。
 主人公が通う港南学園は学生自治の雰囲気が薫るバンカラ風の新制高校です。旧制中学の伝統が息づいているのでしょう。哲学を語る学生がいたり、主人公のように新聞を発行したりと、自主的なサークル活動がさかんで、戦後の民主主義を謳歌している学生の姿が見られます。議論しながら生き生きと活動している学生たち、そして伝統の学園歌が流れると心を一つにして団結する姿、すてきな新制高校の雰囲気を感じました。何よりも明治に建てられたサークル寮の保護を守ろうとする姿勢は、新しいものではなく、古き良きものを守ろうとし、その後の大量消費社会への疑念を示していたと思います。何よりも当時の良さは人間的な絆だと思います。商店街には人々があふれ、会話を通して人間的なつながりがそこにはあったのです。二人の恋物語の結末も人間的な絆が答えとして準備されていました。
 映画時間は85分ぐらいですので、道徳の時間に活用できますし、社会科の授業でも利用できそうです。この映画は心をゆったりと豊かにしてくれそうな気がしました。
 ただ、問題はジブリ作品なのに、大人向けだということです。小学生以下にはきびしいかもしれません。子どもも大人も楽しめる作品がジブリだったのに、やはり監督が宮崎吾郎だからでしょうか。これまではファンタジーがかならず基盤にありました。この作品は現実を重視したものでした。ファンタジーの先には子ども達に愛されるキャラクターが登場してきたのですが、今回はそれがなかったのが、これまでとは違う作品だったのでしょう。しかし、私はこの作品はいいなあと思いました。
[PR]
by shin-pukupuku | 2011-08-30 20:01 | 映画 | Comments(0)

やってしまった・・事故

 本日、出勤しようと自宅の駐車場から車を出したところ、ガチャンコしてしまいました。原因は私の後方確認ミスです。まったく車に気づきませんでした。出た瞬間にドーンという衝撃が走りました。むち打ちになるのではないかという不安がありましたが、物損処理にしました。相手方もけがをしていなかったので(今のところ)、ほっとしていますが、車はかなりへこみました。私の車は後ろのバンパーと後部車体、相手方は前方のバンパーと左前側部です。任意保険会社で話し合いということになりましたが、私の方が過失は高く、9対1の割合になりそうです。しかも車両保険に入っていなかったので、自分の買ったばかりの車の修理代は自分持ちです。
 きっとこれは油断するなという天からの戒めでしょう。そう考えないと、やってられません。気を引き締めていきたいと思います。
[PR]
by shin-pukupuku | 2011-08-26 18:04 | 雑感 | Comments(1)

離島の中学校

 本日、今週末に始まるU15サッカー大会の初戦の相手であるチームが辞退したという連絡がありました。離島のK中学校です。理由は経済的なものということでした。大会に参加したくても、宿泊費や旅費などの関係から離島の学校は参加自体を余儀なくされることがあります。子どもの立場から考えると「なんで?」と言いたくなりますが、離島ゆえにそのような状況になるというのは、つらいものがあります。私も出場辞退の連絡を受けて、非常に残念でした。対戦を楽しみにしていたのです。というのもK中学校は偶然にも先月の県総体での試合をじっくりみたチームだったからです。結果的には1回戦敗退でしたが、サッカーの内容は魅力的な側面が多々ありました。とくに中心になるメンバーの中には、かなり能力の高い選手がいました。スピードといい、ボールを追いかける姿勢といい、すばらしい選手でしたが、チームのゲームに対する気持ちは見ているものにも感じさせる熱いものがありました。
 そのチームが辞退と聞き、とても残念です。こういう状況がないように、離島のチームについてはなんらかの援助が必要だと思います。これでは、進学希望なのに経済的な理由から進学できないという事例と同じことだと私は思います。
[PR]
by shin-pukupuku | 2011-08-22 20:53 | サッカー | Comments(0)

NHKスペシャルに脱帽

 NHKスペシャルを3本見ました。一つは「圓の戦争」、二つ目は「撫順収容所」、3つめは「渡辺謙の日本人収容所」です。
 どの作品も心惹かれるすばらしいものでした。圓の戦争は財政の面から日中戦争、そしてその後の太平洋戦争について分析していましたが、いかに無謀な戦争であったかを明らかにしていました。「撫順収容所」については、日本人に対して罪をにくんで人を憎まずという対応をした事実については知っていましたが、当事者による具体的な証言と日本に戻ってきてからきびしい生活を強いられたことを知って改めて戦争の無謀さを感じました。
 渡辺謙は太平洋戦争中に日系人が収容所に送り込まれ、大変な思いをしたことをきちんと位置づけていました。
3つの作品ともに、すぐれたものでした。66年目の敗戦を考えるにはすばらしい作品だったと思います。
[PR]
by shin-pukupuku | 2011-08-16 23:13 | 雑感 | Comments(0)

「ぼく、牧水!-歌人に学ぶ「まろび」の美学

 伊藤一彦(歌人、若山牧水文学館)と堺雅人(俳優)による対談集です。二人とも牧水と同じ宮崎県出身。しかも牧水と同じ大学学部の出身。わたしと同じ同窓生ということになります。宮崎の3カ所(牧水の出身地坪谷と日向、そして宮崎市内)の居酒屋で牧水について語っていくのです。二人の関係は、高校時代の師弟。伊藤は社会科の教師でカウンセラー、そして歌人だったのです。そこに入学してきたのが堺。演劇部に入部し、そのカウンセラー室に出入りします。
 二人とも牧水を語りながらも、自分の生き様を語っているような気がしました。牧水に学びながらも、伊藤は短歌を、堺は演劇をさらに磨いていくと言って良いと思います。
 堺は篤姫で将軍家定役をしましたが、あの演技力は優れたものだったと素人の私でも感じました。その演技力は堺の読書量と哲学にあるんだと思いました。二人の会話はまさに若山牧水研究なのです。二人とも学び続けている姿勢に共感を持ちました。
[PR]
by shin-pukupuku | 2011-08-14 21:45 | | Comments(0)

下田ペリーロード

 下田の街は、29年前に歩いたことがあります。伊豆熱川温泉のホテルで1ヶ月住み込みでアルバイトをしました。その休みの時に、バイト仲間と歩いたのです。
 静岡市内から豆州下田は2時間半近くもかかる遠い観光地でした。私が「下田に行こう」と誘ったのがとても気の毒で申し訳ない気持ちでした。私としては、思い出の地に再度生きたいという思いがありました。当時、サザンの曲にとても似合う魅力的な港町だったのです。
 当時、私はいったいどの観光地を訪れたのか、よく覚えていません。ただ、ペリー上陸地のペリー胸像だけは覚えています。あの時のことはつい先日のような気もするのですが、あっという間に30年近くが過ぎ去りました。当時、社会科教師で教えようという気持ちはさらさらありませんでした。私にとってはその後に続く初めてのフィールドワークだったのです。
次の写真は、そのペリー胸像と下田の街にあるペリーロード、そして下田の港町の風景です。
f0048182_21244529.jpg


f0048182_2126749.jpg


f0048182_21274016.jpg
[PR]
by shin-pukupuku | 2011-08-14 21:28 | 雑感 | Comments(0)

アンダルシア

 この夏休みに初めて見た映画です。夏休みの方が時間がありそうですが、むしろ映画を見に行く機会が減るのがこの時期です。
 この映画は「アマルフィ」をご覧になった方には、待ち望んでいた作品ですね。テレビでも、「外交官黒田康作」で放映されていたので、ご存知の方も多いことでしょう。
 私はこの「アンダルシア」はこれまでと違うストーリー性を感じました。「アマルフィ」はイタリア当地の景色の美しさが印象的でした。それにオペラ歌手の歌がうまくマッチしていて、映像と歌でいやされ、同時にストーリー展開に心惹かれた作品でした。
 今回はその映像と音楽にまず魅力不足でしたね。たしかにアンダルシアの渓谷の高台に立つ白い建物群と緑の草原が目を惹きましたが、アマルフィの青い海と空、きらきらと光る海の輝きの美しさと比較すると、少し不足している気がしましたね。
 ストーリー展開は、今回も魅力的でした。アマルフィに似ていましたが、テレビドラマとは少し違っていたような気がしましたね。外交官ではなく、外交スパイという印象を持ちました。
 夜のロードショーだったので、ビールを片手に見ました。途中で寝るんじゃないかと不安でしたが、最後まで眠気はなかったようです。
[PR]
by shin-pukupuku | 2011-08-14 07:51 | 映画 | Comments(0)

明石海人の碑に心打たれる

 千本松原の中には、若山牧水歌碑だけではなく、ハンセン病に対する偏見差別と戦った詩人・明石海人の碑も建てられていました。その碑文に歌集「白猫」の詩が記されていました。

「らいは天刑である。・・・らいはまた天啓でもあった。」

 その文言を目にしたときに、この詩人の生き様の温かみに心うばわれてしまいました。社会から隔離され、手足を失い、視力まで失ったのに、ハンセン病を「天啓」とみるその悟りは、神の世界に踏み出していると感じるのは私だけでしょうか。
 その歌碑が下の写真です。
f0048182_14393453.jpg

[PR]
by shin-pukupuku | 2011-08-13 14:39 | 雑感 | Comments(0)

ところで学会発表は・・?

 今年も学会発表に果敢にチャレンジしました。前日のH須賀氏の理路整然とした論文構成と報告に、「これはまずい。私の論考はまだまだ感覚的だ!」と反省し、その晩の反省会は軽めにしてひとり早めにホテルへ戻りました。ところが部屋に入った瞬間に、睡魔が襲い、気がつくと翌日の5時過ぎでした。慌てて、論文を見直し、20分で終わるように報告の変更を考えていたら、出発の時間でした。
 まあ報告は何とか20分で終わらせることができましたが、終わった後すぐは質問がありませんでした。これはまずいなあと思いながら突っ立っていたら、司会者のSさん(東京学芸大学)が質問してくれて、その後何個か質問が続き、ほっとしました。いつものように朴訥な返答しかできませんでしたが、まあ終わったので良しとしましょう。今回の報告は、Sさんと知り合えて、お話ができたことが何よりでした。
 その分科会で院生の報告に何個か質問しました。私は興味関心を持ったので、自分のフィールドとの関連から質問したのですが、H須賀氏は私がその研究発表にきびしい批判的な指摘をしていたとあとで語ってくれました。そんなつもりはさらさらなかったのですが、後から考えるとそうだったのかもしれないなあと思うことでした。
 今回でよくわかりましたが、学会報告はあくまで個人研究ですので、その研究を広く研究者に知ってもらうことと、論文投稿への足がかりということです。さまざまな意見を聞くことで自分の研究を深めていくということに意味があるのかもしれませんね。
 下の写真は会場となったT葉学園大学です。
f0048182_14184424.jpg

[PR]
by shin-pukupuku | 2011-08-13 14:19 | 雑感 | Comments(0)

若山牧水の生き様

 千本松原に若山牧水記念館がありました。牧水は宮崎県の出身ですが、晩年の8年間を沼津で過ごしたんだそうです。亡くなったのは43歳。旅に次ぐ旅の連続で、酒をこよなく愛した歌人でした。亡くなる前日まで日本酒を口にしていたそうです。
 牧水は私と大学学部が同じで、同級生に北原白秋がいました。大学を卒業し、新聞社に入社しますが、半年も続きませんでした。25歳で雑誌『創作』を発行し、その年の4月には、第三歌集『別離』を出版し、これが売れまくって一躍花壇の花形になるのです。
 しかし、財をなすことはなく、資金稼ぎのために旅をして揮毫頒布会を行ったのです。
 牧水の自然と共生していく人生観に心惹かれました。 

 幾山河越えさり行かば寂しさの終てなむ国ぞ今日も旅ゆく

 千本松原にあった若山牧水歌碑に記されていた歌です。下の写真は牧水とその歌碑です。
f0048182_13553372.jpg


f0048182_13562686.jpg
[PR]
by shin-pukupuku | 2011-08-13 13:56 | 雑感 | Comments(0)