<   2015年 02月 ( 27 )   > この月の画像一覧

映画の旅人

 今朝の朝日新聞のbeに掲載される「映画の旅人」はどんな作品だろうかと思いながら、えいやっと新聞を開いてみました。先週の「悪人」についてもじっくり読みましたが、本日は「おくりびと」(2008年)でした。この優れた作品は今から7年前になるんですね。時間が経つのは早いものです。
 実は「おくりびと」と分かった時点で、驚きました。それは、昨日、偶然にも昼食時間に「おくりびと」について語り合ったからです。ある同僚から、作品の舞台は庄内だったんだということを聞きました。「だから、作中の場面は、よく知っているよ」と言われ、「へえ、そうだったんですか。」と答えたばっかりだったのです。
 beに掲載されている写真もとてもきれいですね。そして、記事はこの作品がどのように構成されていったのかを書いていました。食を入れた理由、音楽の理由、そして笑いの理由、非常に興味を惹かれました。
[PR]
by shin-pukupuku | 2015-02-28 23:00 | 映画 | Comments(0)

似ていますね。

 NHKのドラマ「限界集落株式会社」を見ました。全シリーズの最終回でしたが、すべての作品をどういうわけか見てしまいました。
 最終回は感動的でした。お金ではなく、人なんだという場面では、限界集落の農村部の人間的な暖かさを感じました。ヒューマニズムに溢れる作品に仕上がっていました。そして、限界集落の人々がコミュニケーションを重ねながら、集落の農家としての姿勢を決定していく姿は、理想郷の感じがしました。私も現在の仕事を退職したら、ぜったい農業をしたいと思っています。
 この作品では、限界集落での株式会社社長は、20歳の女性なのですが、その役は、あのあまちゃんでGMTのメンバーだった松岡茉優がやっています。彼女は、俳優としても魅力的ですが、よく見ると、あの桜田淳子に似ているなあと思います。私は小学校の高学年の時に、桜田淳子が中3トリオと言われたときの下敷きを持っていましたが、その写真にそっくりです。見れば見るほど、似ているなあと思いつつ、このドラマを見ていました。なかなか素敵な作品だったと思っています。
[PR]
by shin-pukupuku | 2015-02-28 22:50 | 雑感 | Comments(0)

だれなんだろう?

 今月号の『歴史地理教育』を読んでいたら、鹿児島の方が論文を書いていました。「歴史的思考力を伸ばす世界史学習の模索」というものです。書いている教師は、O野恭一という方。私は会ったこともありませんし、いったいだれなんだろうという感じです。
 論文については、世界史の「苦役の暗記地獄」の状況把握とそれを乗り越える実践として「歴史的思考力」にターゲットを絞って論じています。
「歴史的思考力」の重要性は一般的に論じられていますので、そのことを世界史教育の系譜から論じる必要性はないと思いますが、様々な文献や研究者の主張を挙げながらその重要性の妥当性を論じています。それ以上に大事にしなければならないところは、二つの実践だと思います。その部分については読者からすると薄っぺらで、その実践がどのように「歴史的思考力」と重なるのかについての論考を読みたかったですね。参考文献の表記の仕方など、この方は修士以上の学位があると思われますが、鹿児島にこのような論文を書ける人が出てきたことは、うれしいかぎりです。 
[PR]
by shin-pukupuku | 2015-02-28 22:30 | 教育関係 | Comments(0)

突風

 窓から見える景色は、突風で、木々も引きちぎらんばかりの状態です。最近は気温もそれほど下がらず、雪も降らず(本日一瞬だけ降りましたが…)、穏やかな状況でしたが、今日は台風並みの風の強さです。石巻は風が強いことで知られているようですが、まさしくその強さを感じさせる一日になっています。
 先ほどから、ボーッとして仕事も進まず、ただ時間だけが過ぎていくようです。何をやっているんだろうという感じですが、先ほど、本学でも来年度から始まることになった研究者一覧への業績記入で疲れまくっています。はっきり言って面倒。型式が決まっているので、それに打ち込まないといけないからです。これまで業績一覧を作っていましたが、コピペがすぐにできない。それで、イライラしてボーッです。本日は疲れてしまいました。早目に帰って、カレーでも作ることにします。ためているテレビ録画もこんな時に見たいと思います・
[PR]
by shin-pukupuku | 2015-02-27 16:32 | 雑感 | Comments(0)

芥川賞作品「9年前の祈り」読みました。

 『文藝春秋』3月特別号に掲載された芥川賞作品小野正嗣「9年前の祈り」を読みました。読後の第一印象は、作品全体の構成がきわめて練られていると感じました。カナダ旅行でのでき事、自閉症で生まれたカナダ人とのハーフの子ども、大分の地方にある町の雰囲気、そして人間模様、すべてがうまく組み合わされたジグゾーパズルのような印象を持ちました。
 ジグゾーパズルの一つ一つのパズルは実はバラバラに切り離されているのではなく、つながりながらパズルになっていて、その真ん中に「ミミズのような様相」を示す自閉症のわが子と主人公である自分がいるのです。
 描き方も重層的です。たとえば、
「空や雲やトンビや山や木や道やいえや自転車や電信柱や壁や網や綱や舟や海や筏やフロート、潮のにおい、腐った魚だか貝だか養殖用の餌だかのにおい、漁船の経由やワイヤーのにおい、頬を撫で髪を散らす風、ぽかぽかとした陽光、額や脇の下をじっとりと濡らす汗の感触ー眠りによって隠され遠ざけられていたものが、餌に群がる飢えた獣のように。目覚めた者の意識めがけてわっと容赦なく押し寄せてくる。」
 これなどは、自閉症のわが子から見た風景だと思います。日常的な風景がこれほど私たちの知覚に迫ってくるとは……。
 単なる小説ではなく、風景描写と心象風景が見事に重なり合った重厚あふれる作品故に、賞をとったのだと思います。
[PR]
by shin-pukupuku | 2015-02-24 13:40 | | Comments(0)

アメリカンスナイパーを見ました

「アメリカン・スナイパー」を見ました。アカデミー賞6部門に候補として出ている作品ですが、イラク戦争で狙撃兵として160名ほどを殺害し、アメリカ兵を救ったヒーローとして賞賛されている兵士を扱った作品でした。
 いやあ、怖かったですね。どことなく主人公のスナイパーの恐怖が、次第に伝わってくる作品に仕上がっていたと思います。特に、兵器を持つ子どもに銃の焦点を合わせて、やめてくれと心で願っているところで、兵器を投げ捨てて逃げていった子どもの場面は、主人公の恐怖心を感じさせるものだったと思います。前線に立つアメリカ海兵隊を救うためにスナイパーとしての仕事をするのですが、その仕事が敵とは言え、生身の人間を殺害するわけです。次第に心を侵されていくわけです。家族も、その心の病に気づき、もう二度と戦場に向かわないでほしいと願う中、同じスナイパーとして活躍するイラク軍兵士を殺害するために再度戦場へ向かっていきました。そして、その願いはかない、彼は戦友を殺害された復讐として敵側のスナイパーを殺害するのです。
 退役し、家族とともに生活するにつれて、次第に置き忘れてしまった人間の「心」を回復していきます。ところが、ある日、戦場で心を病んだ退役軍人にあっけなく殺されてしまうのです。
 この映画はアメリカの懐の広さを感じさせる映画だと思いました。イラク戦争批判でもありながら、それを表現の自由として受けとめるアメリカ映画です。同時に、アメリカ国民に愛国心を沸き立たせる作品でもあると感じました。この映画は、国のために命を捧げる一市民を英雄としてたたえるアメリカの姿勢を示しているとも思いました。ベトナム戦争でもそうでしたが、アメリカは正義の戦いのための、戦争による被害者という事実を感じながらも、それ以上の愛国心を感じさせる作品を創り上げることが得意のようです。
[PR]
by shin-pukupuku | 2015-02-22 21:14 | 映画 | Comments(0)

日本で最初の女性映画監督をご存じですか。

 日本で最初の女性映画監督は板根田鶴子という方のようです。1904年に京都の裕福な家庭に生まれ、同志社女子専門学校に通っていたようです。日活に入社し、溝口健二の下で働きました。彼女は、1940年に理研科学映画株式会社に移り、国策映画の一角を担うようになっていきます。作品は『北の同胞』というアイヌ映画を作成したようです。1942年には満州映画協会に移り、「太陽の花嫁」を作成します。この作品は、プロパガンダ映画で、満蒙開拓団を理想郷のように描いたようです。そして、ロケ地は満州に実在した埼玉村開拓団だったのですが、現実を借用したフィクションだったのです。この映画は、満州で多くの命が失われ、今に続く残留孤児問題・残留婦人問題を生み出します。
 板根田は男性社会の中で女性としての力を発揮しようと努力したのですが、その結末は戦争協力者として、戦争責任に悩むことになるのです。彼女は戦後、溝口健二のもとにもどりますが、監督の地位にはもどることはありませんでした。
 上記の事実は、先日から読んでいる池川玲子『ヌードと愛国』(講談社現代新書)に掲載されています。なかなか興味を惹く作品です。
[PR]
by shin-pukupuku | 2015-02-19 21:05 | | Comments(0)

おとこの一生

 豊川悦司主演、榮倉奈々共演の「おとこの一生」を見ました。豊川は52歳の大学教授役。しかも、舞台は鹿児島。豊川は角島大学?の哲学の教授です。独身で、初めて結婚したいと思った女性が榮倉でした。私も52歳。鹿児島出身。教授ではありませんが、大学教員。あまりにもシチュエーションが似ていたので、他人事ではない感じがしました。しかも、私の家に娘と同級生の榮倉さんが来たことがあります。この榮倉奈々といとこで、その姿は榮倉奈々に姿格好がそっくりでした。私の鹿児島の家の近くに住んでいたのです。
 映画そのものも、どことなく心が落ち着く作品でした。都会ではなく、地方のいなかを舞台にしていたからでしょうか、人間のこころのつながりをすごく感じさせる作品でした。心を癒やされる作品と言ってもいいかもしれません。人は、一人で生きていくのはつらいのです。だれかがそこにいて、生きる幸せはあるのだと感じさせる作品でした。
[PR]
by shin-pukupuku | 2015-02-19 20:41 | 映画 | Comments(0)

ポルポト

 昨夜のカンボジアのポルポト政権についてのBS「プロファイル」は、興味を惹かれました。ポルポトが実は偽名で、しかも嘘で固められた経歴。政権を握っているのに姿をトップとして見せず、プノンペンを掌握した後、都市に住む人々を農村部に追いやった事実。そして、200万人にいたる虐殺。無責任体制。アメリカはそのようなポルポト政権を支持し、武器供与も行ったのです。
 ポルポトは共産主義者でした。平等な社会を創るために農村部に住民を移住させ、共同体を創ることで理想社会を実現しようとしたのでしょう。しかし、そのモデルは、あきらかに間違いでした。彼の共産主義に対する学びの浅さが、形式的なシステム強要になったのでしょう。彼には人間の顔が見えなかったと思います。この社会は血の通った人間が創り上げているという前提を忘れていたんだと思います。
 そのテーゼは、現代にも通じるものがあります。イスラム国にしろ、ウクライナの紛争にしろ、血の通った人間が前提になっているということを忘れていると思います。このことを忘れると、人間は無責任体制から大量虐殺を簡単にやってしまうことを、ポルポトの歴史は教えているのだと思います。
 
[PR]
by shin-pukupuku | 2015-02-19 20:29 | 雑感 | Comments(0)

フリフリストレッチ

 いやあ、今晩のNHK「ためしてガッテン」は面白かったですねえ。これまでのストレッチはケガ防止につながらないというわけですから。それよりも「ふりふりストレッチ」が大事だと言うわけです。いわゆるブラジル体操です。動きながらブラジル体操はストレッチをしますが、その動かせながらのストレッチがケガを予防し、筋力を伸ばすと言うわけです。前ケンが、前ケン体操をしますが、あのストレッチはまさしく「ふりふりストレッチ」というわけです。あまのじゃくさん、五十肩を治す方法は、前ケン体操でやることについては、科学的であるようです。私もこれからやることにしました。
 それにしても、この1週間前ぐらいから私の五十肩は痛みがなくなってきています。ストレッチ体操が良かったと思いますが、本日の知識で、まったく痛みがなくなるのではないかと喜んでいます。
[PR]
by shin-pukupuku | 2015-02-18 20:50 | 雑感 | Comments(0)