オデッセイを見る

 最近、近くの映画館で上映されている映画は、魅力を感じるものが少なく、自然と足が遠のいていましたが、気分転換に見に行きました。
 「オデッセイ」については、火星に取り残された乗組員が科学の力でなんとか火星で生き延びることが出来、最後は地球に生還できるというストーリーでしたが、まあ、予想通りの作品でした。
 映画を通したメッセージやテーマについて考えることは少なく、映画そのものや映像を楽しむという感じの作品でした。唯一、アメリカのNASAと中国の宇宙開発が手を結んで人命救助のために動き出すという展開が、中国を大国として描き、人命のために双方が協力し合う理想的な国際関係を期待した場面でした。
 それにしても、一人の命のために、リスクを承知しながら、あるいは個人の利益を犠牲にして組織で尽力する姿は、あの「プライベートライアン」に重なるところがあった気がしました。
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by shin-pukupuku | 2016-02-29 09:18 | 映画 | Comments(0)

春はすぐそこ

 朝早くのジョギングは相変わらず続けています。1月から2月にかけては、朝日が昇るのもかなり遅くなり、6時半過ぎないと昇ってこない状況でした。そして、寒さは氷点下が連日続き、その寒さの中、走ってきました。
 ところが、最近になって太陽の昇る時間がどんどん早くなってきました。今朝などは、6時過ぎからすでにジョギングができる明るさでした。本日は6時15分ぐらいから走りましたが、すでに外は明るく、太陽も昇っていました。
 そのためか、外気の気温もそれほど寒さを感じなくなってきました。
 春はそこまでたしかに近づいているようです。走っているときに目に入り風景も、春模様に近づいてきたようです。東北では春が本当に待ち遠しい感じです。
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by shin-pukupuku | 2016-02-28 10:37 | 雑感 | Comments(0)

鉄道から見える近代

『歴史地理教育』2016年2月号の特集は「鉄道から見える近代」です。その中には、「原武史さんにインタビュー.歴史を見る目を広げる」というインタビュー記事が掲載されています。非常に興味をひかれました。
 その中でも、東京駅の開業について新たな発見でした。私は、あの立派な赤レンガ造りの駅舎を見て、東京駅はてっきり明治時代に建てられていたと思っていたのですが、その開業は大正3年。つまり1914年12月に完成したようです。そのことについて原は「突如、皇居に向かってあおのような威風堂々とした建物が出来たのは、天皇の権威というものを演出するためでした。…ようやく東京駅を中心とした鉄道網が全国に広がり、植民地も含めて「上り」「下り」の呼称が統一され、東京からの距離が正確に測れるようになりました。」と述べています。つまり、その後の鉄道国有化の波にしても、鉄道が敷かれることで東京を中心とする政治体制が確立され、同時に天皇の支配も浸透していったというわけです。
 ちょうど教育の世界では,1911年に南北朝正閏論が起こり、歴史教育においては皇国史観による国史教育が強まっていく頃です。すでに大正時代から天皇支配の浸透はさまざまな分野で準備されていたということでしょう。デモクラシーの社会風潮と同時に国体明徴への動きは着実に進んでいたということかもしれません。
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by shin-pukupuku | 2016-02-27 09:39 | | Comments(0)

 伊藤邦武『プラグマティズム入門』(ちくま新書)を読み終わりました。伊藤は、哲学としてのプラグマティズムを「複眼的な楕円構造」であるとし、反デカルト主義と多元主義という2つの非常に大胆な主張をもっていると述べています。つまり、反デカルト主義とは、西洋近代の祖であるデカルト的発想を根本から批判することであり、多元主義とは、客観的な真理の一元性を謳い上げてきたニュートン的西洋近代の科学観に強烈な異議を唱えることを意味すると述べています。
 そして、プラグマティズムの誕生を3つに分け、源流のプラグマティズムとして「パース、ジェームズ、デューイ」を取り上げ、少し前のプラグマティズムとして「クワイン、ローティ、パトナム」の思想に注目しています。さらに、これからのプラグマティズムとして、「ブランダム、マクベスとティエルラン、ハークとミサック」を取り上げ、その違いについて説明しています。
 プラグマティズムについては、教育においてはデューイが有名ですが、この哲学の源流がパースやジェームズにあること、そしてこの哲学が多数の哲学者によって分析され新たな視点で考察されてきたことを学ぶことができました。私の立ち位置も、このプラグマティズムに影響されていますので、そういう意味では自分の思考を内省することができました。
 それにしても、これからのプラグマティズムについての著者の解説は、難解な部分があり、読みづらいところがありました。
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by shin-pukupuku | 2016-02-26 09:53 | | Comments(0)

始皇帝と兵馬俑

 上野にある国立博物館を訪問しました。特別展として「始皇帝と兵馬俑」が行われていました。これは見に行かないとなあと思い、足を運んだ次第です。
 兵馬俑については私の記憶の中で一回見たような気がするのですが、なかなか思い出せません。中国の西安にも10年ほど前に行ったことがあるので、その時かなと思ったりするのですが、始皇帝の墓を見に行ったことはありません。何だっけなあと思いながら、ひょっとしたら中学校社会科のカラー刷りの資料集を見て勝手にそう思っているのかもしれないなあと思うことでした。
 最後の展示場に本物の兵馬俑がありました。それ以前には、秦の統一の歴史や西周時代の遺物が飾られていました。それらをじっくりと1つずつ見てまわりましたが、後で考えると、最初にメインの展示を見た方が時間的にも体力的にも良かったなあと反省する次第でした。
 たしかに、兵馬俑は人間と同じ実物大でこのような像が多数並べられていたなんて、本当に驚きです。しかも当初は彩色もカラフルだったようで、始皇帝をあの世で守るために送られた本物の軍隊のような気がしました。やはり実物を見るというのは、迫力がありますね。
 
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by shin-pukupuku | 2016-02-25 15:29 | 雑感 | Comments(0)

大江戸東京博物館

両国にある大江戸東京博物館を訪問しました。今、レオナルド・ダ・ビンチ特別展が開催されていて、「糸巻きの聖母」が展示されています。先日、その「糸巻きの聖母」についてのNHKのドキュメント番組を見て、見に行こうと思っていました。久しぶりに上の娘と行きました。
平日であったので、それほどの混雑ではありませんでしたが、それでも実物を見るのに30分は並びました。近くにダビンチの弟子たちがその「糸巻きの聖母」を模倣した作品が展示されていましたが、やはり、ダビンチ作品ほどの力はないようです。ダビンチ作は、聖母とキリストの神々しさを見事に感じさせるものでした。なぜなのかはわかりません。感性として感じるのです。
それ以外の展示は、ダビンチ時代の画家の肖像画(すべて横を向いている)が展示され、いかにダビンチがルネッサンスを発展させたかを感じさせてくれました。また、鳥のスケッチが展示され、写実的で科学的に分析しようとしたダビンチの観察眼を示し、人工的な飛行機を創ろうとしていたことを教えてくれていました。
ダビンチが活躍した時代は、日本では戦国時代。ヨーロッパではルネッサンス時代。宗教改革が起こり、大航海時代に突入していた頃でした。しかし、宗教画を描くダビンチは、キリスト教世界から抜け切れないことも示していたようです。
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by shin-pukupuku | 2016-02-24 09:27 | 雑感 | Comments(0)

30年前の・・

東京に来ています。最初の用事は、学生時代の友達といっしょに飲むことでした。私は越谷・草加周辺で塾教師のアルバイトをしていました。それがきっかけで親しくなった友達数人とその越谷で飲みました。
8月末にもお会いしていっしょに飲んだのですが、今回はなつかしのお世話になったその友達のお母さんにもお会いすることでした。ときどき泊まっていろんな話をしていた仲なのです。といっても二つ下の後輩でもあります。不思議なつながりで、塾教師のアルバイトは、同じ高校大学の先輩たちや地元出身地の先輩方と縁があって、その紹介で大学4年生から始めました。途中で、私が病気となり、地元の病院に入院することになり、そのためにやめてしまったのですが、短い時間にもかかわらず、深いつながりとなりました。その塾の塾長や友達は入院先の鹿児島にも足をのばしてくれて、さらには私が初任地に赴任するときも鹿児島のフェリー乗り場まで来てくれたのです。私は初任地に赴任するときに彼らが来てくれたことをすっかり忘れてしまっていました。
おいしい料理をたしなみながら、日本酒を飲み、昔を語り、そして現在の状況を語りましたが、昔とぜんぜん変わっていないと思いました。みなさん、かなり偉くなっているようでしたが、そんなことはぜんぜん出さず、塾長だった恩師は75歳にもかかわらず、お元気そうでした。
次は毎年行ってきて18回を数えるゴルフ大会を石巻でしようということになりましたが、私はゴルフは打ちっぱなしもしたことはないし、ましてやゴルフ場も行ったことはありません。恩師のキャディー役ならやりますよと宣言することでした。それにしても楽しい時間でした。
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by shin-pukupuku | 2016-02-23 10:09 | 雑感 | Comments(0)

 タイトルの本を読みました。2011年に発行されたものです。
 最初の感想は、いやあ面白いなあというものでした。購入しておきながら、これまでは積ん読でチラッと斜め読みしただけでしたが、社会科成立の歴史を再度勉強しようと思い手にした次第でした。
「GHQによる修身・国史・地理の授業停止命令」についてはUm先生が執筆され、「代表的な民間教育団体4つの志とその授業」にはぽんジュースさんが執筆されています。
 社会科がどのような経緯で成立し、現在の状況になっているのかがよくわかりました。そして、その長い歴史の中で、熱い思いで先達が尽力し、すぐれた社会科実践が、それぞれの願いや思いのもとで創造されていったのかがよくわかりました。また、社会科解体の時の政治的な動きを改めて理解することができました。今年で27年になるんですね。社会科解体シンポジウムの本を必死で読んだ記憶があります。
 これらの学びを、授業に生かしていきたいと思います。教科書がないので、私の問題意識と重なるところに注目して教えていきたいと考えています。
 
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by shin-pukupuku | 2016-02-18 17:53 | | Comments(3)

舌の痛み

 1月末に行った舌の手術。その後、あまり経過が芳しくなく、この日は仙台市まで診察に行きました。すでに1ヶ月ほど経つのに、相変わらず痛みがとれず、堅いものを食べられないという状況でした。
 診察してもらったら、溶けるはずの糸が表面だけ溶けていて、それ以外は舌にへばりついていたようで、その糸をすべて取り出してくれました。痛みが走りましたが、その後は、舌の動きがかなりスムーズになって、痛みも治まったような気がします。つまり、舌の中の糸が痛みの原因であったようです。
 お昼に、この日はカツ丼を食べましたが、痛みはかなり消えて、舌の動きもスムーズ。やっと生き返ったような気がします。これでおいしいものを食べられそうです。ああ、本当に良かった!これでますますビールがおいしくなりそうです。
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by shin-pukupuku | 2016-02-17 17:34 | 雑感 | Comments(2)

 恒例の芥川賞作品を読んでいます。タイトルの作品です。
 芥川賞の作品を読むと、読後感に特徴があるような気がします。すごく印象深いものが自分の感性に迫ってきて、ずっとへばりついているという感じです。この作品もそうでした。
 日常的な夫婦の場面で、ハイボールを飲みながらテレビを見たりしているうちに夫の顔がしだいにゆるんでいったりするところとか、ずっと頭の中に残像が残ってしまっている自分を感じます。
 ただ単にストーリーが展開するのではなくて、ストーリーで展開する風景をどのように心象部分まで読者の中にイメージさせていくのか、そのような技法がないと芥川賞はとれないのでしょう。これまで、いくつかの芥川賞作品を読んできましたが、今回、この本谷さんの作品でそれがわかったような気がしました。
 読み終わって2日経ちましたが、今でも読後の残像は消えないです。
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by shin-pukupuku | 2016-02-16 09:54 | | Comments(2)