朝ドラの良さ

 現在放映中の朝ドラは「ひよっこ」です。視聴率は好調のようですが、たしかに私の目から見ても、なかなか面白いと思います。
 最近ドラマの中では、主人公の叔父が、「笑って生きよう」と思ったことの理由について語る場面がありました。それは、インパール作戦で斥候として暗闇の中で任務中に目の前にイギリス兵と出会い、お互い驚きながらも戦闘とならず、そのイギリス兵は去る前ににこっと笑ったという逸話でした。その兵士のおかげで自分は死なずに済んだことを告白し、しかし、その兵士の笑顔に自分は負けてしまったと言うのです。それ以後、自分も笑顔で生きようと思うようになったということ、そして、イギリス発のビートルズにさらにのめり込んでいることを語りました。
 私は朝ドラファンですが、これまで見てきたどのドラマも、かならず戦争に関係するシーンがあります(一部ないのもありますが…)。それは脚本家として必要不可欠な要素であり、現在の日本を振り返る上で忘れてはならない歴史的な出来事だからでしょう。先日の朝日新聞で、小熊英二が「なぜ今でも戦後なのか」という問いに対して、「戦争後が現在の日本建国の出発点であり、建国記念日だからである」という注視すべき視点を示していました。それを考えると、朝ドラに絶対必要な要素は戦争体験だと私も思います。
 戦争体験を大事にする朝ドラは、平和主義のドラマであり、それ故に私は朝ドラファンなのです。
 

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# by shin-pukupuku | 2017-07-06 10:04 | 雑感 | Comments(1)

小中一体型の学校のメリット

 昨日は、ある自治体の総合教育会議を初めて傍聴しました。近くの研究室の先生から勧められたからです。教育行政についてはこれまでほとんど学んできませんでしたので、たまには体験することも大事かなと思いました。
 傍聴人として聞いていただけですが、興味深い話もいくつかありました。その一つがタイトルの件です。ある近くの学校を、小中一体型の学校に変えようという話ですが、教育委員からそのメリットはどこにあるのかという質問が出されました。そしてそのメリットが保護者に伝わっていないのではないかというものでした。教育長は、一般的な話としてのメリットを説明しました。しかし、その地域のメリットの特性については、説明不足だったかもしれないという答弁でした。
 私は、小中一体型の学校は、まず第一に中1ギャップの解消を目的に、学校不適応の生徒たちを出さないためのシステム上の工夫としてできてきたと思っています。そして、メリットとして考えられるのは、やはり「知・徳・体」の三領域における生徒たちの向上の可能性が考えられるからでしょう。さらに、被災地ゆえに、一人一人の子どもたちの心の成長を見守っていける先生たちの目が増えるということも考えられることでしょう。いずれにしろ、その意味はあくまでも結果論として出現する可能性があるということでしょう。そのことを保護者にアピールすべきなのだと思いました。しかし、結果論で証明するというのも、先生方にとってはきびしいものがありそうです。自然とそのような結果になるというのがいちばん善いような気がしますが、下手をすると効果がなかったということも大いにありそうです。
 すでに結論は出ているようですが、メリットが多く出れば子どもたちも保護者も報われるだろうなと思いました。少なくとも、合理化による一体型ということにならないことを期待したいものです。

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# by shin-pukupuku | 2017-07-05 05:35 | 教育関係 | Comments(0)

「大丈夫です」は「大丈夫ではない」

 某新聞社から、いじめ自殺についてのコメントをもとめられました。いじめ自殺した生徒は、担任の先生との相談に、「もう大丈夫です」と答えたということでした。それを理由にして、それ以上いじめ調査をしなかったということでした。
 私は、「もう大丈夫です」という生徒の言葉をそのまま鵜呑みにしてはいけないこと、これまでのいじめ自殺の事例でもこれまで何度もそのような発言があったこと、そのために教師は具体的な事例を通していじめ対策について学ばなければならないことを説明しました。ついでに、教師の多忙な状況も、被害者の生徒の言葉を鵜吞みにしてしまうことを説明しました。
 コメントをもとめた女性記者は、なぜいじめ自殺がこれほどまでに続くのかということに対して怒りをもって聞いてきました。おそらく先生方のいじめ防止のための対応不足と研修不足が背景にあるのではないかと思っているようでした。
 15分ほど、話をしましたが、はたしてどの部分がコメントとして採用されるのでしょうか。少し不安です。


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# by shin-pukupuku | 2017-07-04 05:14 | 教育関係 | Comments(2)

国民を馬鹿にするな

 都議選の結果が出ました。予想どおり、自民党は惨敗。都民ファーストの圧勝でした。
 これまでの国政の状況を見ると、これで自民党を勝たせてはいけないなあという印象が都民にあったと思います。森友学園にしろ、加計学園の問題にしろ、さまざまな問題発言、国会運営の強引さ、首相の憲法改正の発言などなど、国民を馬鹿にした国政の状況ばかりでした。これで国民が自民党を選挙で勝たせたら、この国はいったいどうなってしまうんだろうという危惧を抱いていました。やはり国民は良識があったと思います。国民を馬鹿にするな!です。
 都民ファーストもかなり胡散臭い政党ではあります。自民党以上に自民党的な政党だと思いますが、新しさが受け皿になったのでしょう。何かやってくれるという期待が都民にあったのだと思います。それに対して、民進党は受け皿になりませんでした。むしろ、共産党の方が、現実路線寄りになり、受け皿になったのでしょう。
 問題はこれからでしょう。都議選と国政選挙は相関関係があるということのようですが、次の国政選挙でどのような変化が生まれるのか注目されます。都民ファーストが国政に乗り出すのか、まずはそこが大きな注目となりますね。しかし、公明党と組んでいるところを見ると、国政では、自民党+公明党+都民ファーストという連携も十分に考えられます。はたして民意はそれを望んでいるのか、疑問ですね。

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# by shin-pukupuku | 2017-07-03 09:24 | 雑感 | Comments(0)

涙が頬を…

 「いつまた、君と何日君再来」の映画を見ました。向井理の祖父母の話のようですが、感動しました。涙が頬を濡らすほどでした。
 何が感動を生んだのか。
 それは、市井の人が社会の中で貧しさに負けず、懸命に生きようとしているその姿に心惹かれたのです。人生とは何だろうか、幸せとは何だろうかーそのような哲学的な問いに対する答えもこの映画は準備していたように思いました。そのことを高尚な哲学者や、著名な人が語るのではなく、社会で挫折を繰り返し、貧しい暮らしを耐え忍んできた一人の市井の人が語ろうとするのです。幸せな時間というのは、実は日常的な生活の中にあり、物質的なもので満たされるものではないことを教えてくれています。二人は夢の中で世界一周の旅を語り合いますが、その夢は絵の中で満たされていくのです。
 映画としては直線的すぎるストーリーです。もう一工夫があるとさまざまな賞を取るかもしれません。しかし、私はこの直線的なストーリーで良かったのかもしれないと思いました。向井理の祖父母は、おそらくこのような映画になったことを驚きとともに、喜んでくれているのだと思います。

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# by shin-pukupuku | 2017-07-02 06:08 | 映画 | Comments(0)

今月号

 今月号の『歴史地理教育』は、「日中開戦80年から学ぶ日中交流」というテーマでした。メインは、南京での授業交流でしょうか。日中全面戦争のきっかけとなった七月七日の盧溝橋事件に合わせて、この特集を組んだと思われます。
「南京事件を掘りおこす」という小野賢二さんによる聞き取り調査活動に対するインタビュー記事もなかなか興味をひくものであったと思います。小野さんの話は、従軍した兵士への従軍日記を31冊発掘した事実を示し、その事実だけでも「南京事件」の歴史的事実を教えてくれています。また、従軍兵士へのインタビューによる証言においても、そのことを科学的に証明していると思います。
 上記の内容を最初に押さえて、現状としての日中による授業交流を紹介しています。その中で、南京市の中国の先生が、「歴史学習が持つ価値とは、生徒の価値観の形成を助けることである。授業で生徒に歴史を振り返らせ、歴史を記憶し、理性をもってそうした歴史に向き合うことを求める。最終的に平和を守るというテーマ、方向性を持つことが目標である。授業内外の交流や討論、分析など、生徒は考えることで、自分自身の価値観を形成できる。つまり、歴史から現在を見ることで、未来に灯りをともすことができるのである。」と述べていることは、注目すべきものであると思いました。日本の歴史学習よりも、中国の方がより進んでいるのではないかと思います。

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# by shin-pukupuku | 2017-06-29 05:37 | | Comments(0)

3年間で……

 今月で、3年間続けてきた自治会連合会の幹事をやめることにしました。仮設住宅から孤独死を出さないという目的のもと、地域復興のために取り組んでいる組織ですが、そろそろ私は役を降りても良いのではないかと思ったからです。
 私は、この組織に貢献できたかなと振り返ると、「?」しか浮かびません。理事会や総会でもほとんど発言らしきことはしませんでしたし、ただ、会議に参加し、議事録や会計簿に印鑑を押すだけの作業でした。最初の1,2年は、組織がまだ大きくて、現在のように復興住宅も含めた別の組織に分かれていませんでしたので、毎月のように給料表や会計関係、議事録などをある程度読みながら最終的に印を押すという作業がありました。ところが、昨年から仮設住宅から復興住宅へ移る被災者も多くなり、仮設住宅関連の予算もそれほどつかなくなりました。そのために、予算の執行はほとんどないという状況に変わってきました。
 そのような状況で、何も役に立たない私が幹事でずっと役目を果たすというのもどうかと思いましたし、別の学内の先生が、学習支援のからみで幹事をやっても良いという返事があり、その方と代わることになりました。
 先日、総会があり、それをもって最後となりました。よもやの感謝状もいただきました。3年間勤めてきましたが、いっさいすべてボランティアでした。私も社会の役に立つこともあるんだと最後に感じることができました。それだけでも満足できたかなと思います。

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# by shin-pukupuku | 2017-06-28 09:33 | 雑感 | Comments(0)

「ハクソー・リッジ」を見て

 タイトルの映画を見ました。イオンシネマでは、55歳以上は1100円という割引がありますが、初めて利用しました。映画好きにとっては、この上なくありがたい割引です。映画を見る機会も増えるかもしれません。
 さて、その映画ですが、殺戮シーンの多い戦争映画でした。リアルな戦場の様子を描いていたと思います。そこには、戦争の本質を描こうとするねらいがあったのかもしれません。軍隊は憧れるものではなく、殺し合いの場なのだということを教えてくれています。
 また、この映画では「良心的兵役拒否」がテーマになっていました。主人公は、銃を手にしない、人を殺さないという信念のもと、太平洋戦争のさなか、軍隊に入隊します。当然、軍隊においては、そのような兵役拒否者を受け入れようとはしません。彼は、軍法会議にかけられてしまいます。しかし、……。
 アメリカ社会が憲法のもとで、自由をいかに大切にしているかを伝えようとしている映画でした。寛容な社会がアメリカであること、そのために良心的兵役拒否者も軍隊において銃を持たず、人を殺さない衛生兵を受け入れたことを教えてくれています。それは、現在のトランプ大統領の不寛容社会に対する批判的な暗喩があるような気がしました。
 しかし、戦争シーンが沖縄戦で、殺し合う兵士が日本兵というのは、やはり見る方としては気持ちの良いものではありませんでした。戦場は、嘉数高地の戦いでしょうか。切腹シーンもありました。
 簡単に人が殺されるシーンが多数出てくる映画です。やはり、目を覆いたくなるシーンの多い映画でした。
 

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# by shin-pukupuku | 2017-06-26 05:46 | 映画 | Comments(0)

保育所実習と小学校・中学校実習の考え方の違い

 なぜ、こんなに実習生に対する考え方が違うのか、不思議でなりません。
 小学校や中学校では、実習生がきちんと授業ができたり、教育指導ができたりすることはまずないだろうという前提で実習生に現場の先生方は接していると思います。そのために、実習生を現場で育てるという考え方があり、指導案がうまく書けなくても、授業がうまくいかなくても、それも大事な経験の一つだということで受け止めながら指導していると思います。そのために、実習生は実習を通してより一層、教師になりたいという意志を高めていくのだと考えます。
 ところが、保育所実習では、「保育士になりたいという強い思いがあれば、苦難を乗り越えられる」という現場の考え方があり、実習日誌や指導案についても、できて当たり前という姿勢を感じます。そのために、なかなか慣れていない実習日誌や指導案作成に実習では時間をとられ、睡眠時間を削りながらやっているという状況です。必然、先生方の要求水準も高く、「なぜ養成校できちんと教えていないのか」という批判を養成校側は受けることになります。実習後に、進路変更をしてしまう学生が出てくるのは、必然なのかもしれません。
 昨日は、仙台での会議で、実習先の保育所所長から耳に痛い話をかなり聞かされました。保育士は一日のなかで油断する時間はほとんどなく、また実習指導に時間をなかなか割くこともできませんので、小中とは違ってくるのかなと思いますが、それにしても両者の違いを感じてしまいます。
 帰り際、車の中で溜息ばかりをついてしまう自分がいました。

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# by shin-pukupuku | 2017-06-23 09:23 | 教育関係 | Comments(0)

中学校と高校の教育実習の違い

 最近、高校の教育実習を終えた学生に、来年度経験する後輩たちに向けてその体験談を報告してもらいました。私の中では15分ぐらいと思っていたのですが、やはり語りたいことがたくさんあったのでしょう。気が付くと30分過ぎていました。実習先の校長が「教師に必要な力は聞く力である」という話に納得したと言っていましたが、実習生自身もしゃべりまくっていました。
 質問として出たのは、生徒たちとのコミュニケーションでした。ところがその実習生は、高校では生徒たちと語る機会はほとんどなかったと言っていました。学級でのあいさつも30秒ぐらいで、最後のお別れの挨拶も30秒だったと述べていました。
 それを聞いて、やはり中学校と高校は違うなあと改めて思うことでした。中学校では生徒たちとの触れ合いがたくさんあり、コミュニケーションを深めることも教育実習中の学びの重要な柱です。ところが、高校では教育の基本的なベースとなるコミュニケーションではなく、教科指導が優先されるというわけです。
 上記の話を聞いて、私は、中学と高校の免許をとる学生は、中学校で実習すべきだと思いました。実習では、教科指導だけでなく、教育の基本的な営みを学ぶことが重要だと考えます。生徒たちと授業だけでなく、それ以外の場でもコミュニケーションをとり、一人の人間の思いや考えに触れ合う機会がそれ以後の教師になっていく上で貴重なものになるでしょう。
 自分自身の実習体験では、高校でしたが、何人かの生徒たちと話をした記憶があります。また、ロングホームで20分ぐらい学生生活に語った記憶があります。その時、生徒たちは大いに笑ってくれました。それを今でも覚えているというのは、コミュニケーションの体験がやはり教師になる上で、貴重なものであったということだと考えています。

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# by shin-pukupuku | 2017-06-22 09:21 | 教育関係 | Comments(0)