激坂 10.5度

 しろいし蔵王マラソンに参加しました。主催者側は「激坂 10.5度」をアピールしている大会でした。20㎞と10㎞の部がありましたが、私は10㎞の部に参加しました。
 たしかに、激坂には参りました。最初と最後に傾斜10.5度の激坂があり、行きはかなりのスピードで坂を下りましたが、ラスト2㎞の坂は死にそうでした。これまで何度かマラソン大会に出場してきましたが、初めて20mほど歩きました。ギブアップでした。しかし、その後は元気が出ましたが…。
 記録はこれまでの最低。それでも50代出場選手70人の中で、19番でしたので、それなりの成績だったと思います。
 終わった後はお楽しみの温泉。今回は白石市にある小原温泉に行きました。かなり熱いお湯のところで、熱い熱いと言いながら入りましたが、露天風呂でなにか「キーキー」言うのでなんだろうと思いながら、湯船に浸かっていました。すると近くの木が大きく揺れたので何だろうと思って、眼鏡がない状況で注視すると、なんとそこには大きなニホンザルがいました。これはまずいと思って湯船から出て、慌てて屋内の風呂の方に避難しました。
 本当にびっくりしました。
 帰り際に近くの遊歩道のところを見に行くと、「サルに注意」と「クマ出没、危険」という看板が出ていました。
 さすが、東北ですね。

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# by shin-pukupuku | 2017-09-11 10:50 | 雑感 | Comments(0)

映画「ダンケルク」

 私は若い頃から戦争映画は好きなジャンルの一つです。人が殺されるシーンを見るのは、かなり心が痛むのですが、戦争とは何かを考えるときに、映画のシーンに身を置いて、生と死について切実感をもって考えることが好きなのかもしれません。
 タイトルの映画は、これまでとは映画の作り方そのものが違うようです。一般的な映画では、主人公の人間ドラマを描きます。そのために、戦場になる前の生活や人間関係がとても大事にされます。それがあるからこそ、観客は主人公に共感し、感動し、涙を流すのだと思います。たとえば「はだしのゲン」を例にあげると、原爆投下までにゲンの家族の様子がかなり克明に描かれていますよね。あのシーンがあるからこそ、観客は原爆によって一つの家族が失われる悲しみを実感するのだと思います。
 ところが、この映画は、まったくそのような場面はありません。描こうとしているのは戦場の場面のみ。しかもかなりリアルに描かれています。特に海に沈むシーンは自分自身が海底に引き込まれ息ができないような状況になります。つまり、戦場の臨場感をこの映画は描こうとしています。映画を見ている人は、まさしく戦場に足を踏み入れ、自分自身が兵士となってダンケルクを脱出しようとするのです。
 そのために、この映画では一人の人間があまり丁寧に描かれていません。私はこの手法には反対です。やはり個人として戦争を描くべきだと思います。戦争は国と国の戦いであるわけですが、その実像は個人のいのちや人権が奪われ、家族を失う悲しいものなのだということを描くことが大事だと感じています。
 この映画の監督は、戦場の現実を描くことに成功していますが、人間を描くことに成功していないと思います。一つの命があっけなく奪われるのが戦争であることは映像で教えてはくれていますが、人々の感情まで届いていません。

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# by shin-pukupuku | 2017-09-09 17:39 | 映画 | Comments(0)

 この二日間、仙台のTG大学へ通って地域連携教育の夏季特別講座の研修に参加していました。本学でもこの研修会の参加に広く呼びかけたのですが、だれも希望者がおらず、基礎ゼミの学生にも逃げられて、結局私が代表で参加せざるをえない状況となりました。そのような経緯があり、研修意欲が薄いまま参加することでした。
 二日間の研修を通して、タイトルの内容を具体的に把握することができました。この言葉は京都大学の松下佳代氏が使用している言葉のようですが、5月の会議で提案されていましたので、いったいどのようなことなのかについて質問することでした。なんとなくわかった気持でいましたが、具体的な事例について学んだのは初めてでした。
 地域連携ですので、地域の企業の課題を教材にして学生たちが自分の専門性と関わらせながら課題追及していくというのが授業の流れでした。教員は学生にどのようなアドバイスをし、どのようなコメントをするのかというのが一つのテーマであり、実際に学生の立場で教員同士が考え話し合うことで、教員の資質能力を育成しようとするものでした。
 時間的にはあっという間に終わったので、主体的に集中しながら参加することができました。具体的な教育の手法を学ぶことができましたので、得るものは多かったのですが、どことなくしっくりこないところもあったのも事実でした。それなりに取り組みは面白かったのですが、自分自身の意欲のなさが学ぶべきものを低下させたのでしょう。これを自分の大学で実際に行おうと考えた時に、はたしてできるのか、疑問に思いました。主催者側は、カリキュラム改革が必要ですと述べていましたが、まさしくそれがないと、地域連携のディープ・アクティブラーニングはむずかしいかなと思いました。個人レベルの工夫ではなく、学科単位の取り組みが必要なようです。

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# by shin-pukupuku | 2017-09-08 09:53 | 教育関係 | Comments(0)

子の利益のために

 民法820条では「親権を行う者は、子の利益のために子の監護及び教育をする権利を有し、義務を負う」と記されています。民法については、2011年に改正されたことはみなさんご存知だと思います。その内容は、子どもの権利条約を体現したものとなっていて、上記の条文もをそれを示しています。「子の利益」とは、子どもの権利条約における「児童の最善の利益」に該当するものです。
 私は、裁判所関係の仕事の依頼もたまにあるので、上記の条文をかなり身近に感じています。この民法改正が子どもの監護と教育にいかに大きく影響し、離婚後の親権、養育費、面会交流などで基本的な基準になってきています。また、親による虐待についても、その力を発揮しつつあると思います。
 私が現在読んでいる本は榊原富士子・池田清貴『親権と子ども』(岩波新書)ですが、書かれている内容は民法改正で子どもをめぐる状況がどのように変化しつつあるかを描いていると思います。私は上記の仕事の関係で切実感を持って、この本を読み進めています。親権や面会交流をめぐる問題はなかなかその解決はむずかしく、頭を抱える事案ばかりですが、教育に携わってきたものとしては、やはり子どもの幸せがいちばん大切だなと思いながら対応しているところです。家族については、明治以来の民法をひきずってきた日本においては、国民レベルの意識変革はなかなか進んでいきませんが、離婚家庭が増加している中で、家族をめぐる法制は今後さらに変革していく必要があるのだと思います。

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# by shin-pukupuku | 2017-09-07 09:38 | 教育関係 | Comments(0)

人生の幸せとは…

 今朝も朝ドラ「ひよっこ」を見ていました。その中で、子ども時代の姿を思い起こすシーンがありました。それを見ながら、人生における幸せな時期というものを、考えました。
 今にして思えば、やはり子育てで忙しかったころが実はいちばん充実していたなあと思います。特に子どもが小さいときは、毎日が大変でしたが、楽しかったなあと思います。いっしょに公園に行って遊んだり、プールで泳いだり、図書館で本を読んだり…。自分の中では毎日の仕事で多忙感はありましたが、当時を思い出すとあの時期がもっとも幸せだったなあと改めて思います。しかし、当時はそんなことはつゆも思わず、過ごしていました。日曜日の朝、馴染みのパン屋に向かい、目覚ましパンという目玉焼きがついたパンを注文し、家族でふるさと考古館前の公園でいっしょにそのパンを食べていたあの時間がなつかしくて仕方ありません。
 本日の朝ドラ「ひよっこ」は、一つの場面でそんなシーンを思い起こしてくれました。そういえば、アパートの住民がいっしょにそうめんを作り食べているシーンがありましたが、共同体の良き部分を見せていると思います。あのような状況が東京でもあったとは思えませんが、このドラマは日本人の持つ共同体意識の良さも表現しようとしているのでしょう。それはつきつめると、現在の無縁社会に対するアンチテーゼなのだと思われます。
 いろんなことを考えさせてくれた本日のドラマとなりました。

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# by shin-pukupuku | 2017-09-05 09:45 | 映画 | Comments(0)

核実験に怒り

 北朝鮮という国には、戦略的な外交しかない国のようです。国際的な協調という視点はないのでしょうか。今回6回目の核実験を行いました。
 核兵器とミサイルの開発が、自国を国際社会において優位に立たせ、敵対国であるアメリカとも対抗できると本気で考えているのでしょう。実際、その戦略はたしかに成功しているところもあるように思われます。
 このような国に対して、どのような方法や手段が東アジアの安定を図ることになるのでしょうか。よく言われるのが、「圧力と対話」ですが、最近の情勢を見ると、「圧力」が成功しているようには思えません。「圧力」に対して、もがき抵抗しているように思われます。経済的な圧力をさらに強めようとしていますが、はたしてそれが現在の政策をあきらめさせることになるのでしょうか。
 太平洋戦争前も、日本に対して石油ルートをはじめ経済的圧力が米英を中心に実施されましたが、その結果は「戦争」という結果でした。窮鼠猫を噛むという諺がありますが、北朝鮮も同じようなことになることも想定されます。
 では、「対話」を重視していくことなのでしょうか。いまの状態はアメリカと北朝鮮がそれぞれの主張を述べあって、引くに引けない状況になっていると思います。「対話」一辺倒では北朝鮮の思うままになりそうな予感はありますが、少なくとも「圧力」一辺倒でもうまくいかないのも同じだと思います。よく生徒指導で、反発する生徒をどのように対応していくかとなったときに、強い指導だけでは無理だというのと似ている部分があると私は思っています。やはりなんらかの国益を北朝鮮に示さないと心をひらかないでしょう。それは、経済的な利点や資源なのではないかと逆に私は考えます。

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# by shin-pukupuku | 2017-09-04 06:46 | 雑感 | Comments(0)

関東大震災での…

 関東大震災で虐殺され犠牲になった朝鮮半島の人々への慰霊祭に、小池都知事が追悼の言葉を取りやめたというニュースが話題になっています。あの石原元知事も行っていたものを、小池知事になってからやめてしまうという事実は、小池都知事の本性が現れていると思います。
 歴史の中にはその国にとって負の歴史もあります。しかし、私たちはその負の歴史も含めて、事実を事実として受け止めていく必要があります。歴史的事実をあいまいな虐殺数でごまかすのではなく、その事実を重く受け止めるべきなのです。自警団や軍隊、警察によって朝鮮人が震災の混乱の中で殺されたことはすでに歴史的事実として確定しているわけですから…。
 小池都知事の今回の件については、都民ファーストという政党が、根底にどのような色を持っているのか、その馬脚を露していると思いました。
 

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# by shin-pukupuku | 2017-09-03 10:21 | 雑感 | Comments(0)

「関ケ原」を見ました。

 タイトルの映画を見ました。160分の大作です。
 たしかに最後はスケールが大きくて、見どころはたくさんあるのですが、見終わった今振り返ってみますと、結局何を伝えようとしているのかがよくわかりません。
 おそらく、義にこだわった石田三成の戦いぶりと勝者が結局義になるということを見てほしかったのでしょうか。歴史は勝者によって描かれますが、これまで敗者の石田三成の立場から描いた作品はほとんどなかったと思います。原作は司馬遼太郎のようですが、関ヶ原の戦いを描くという意味では、これまでにないオリジナリティがあったのかもしれません。
 戦国時代に対してマニアックな方も増えていますし、「歴女」も増えてきている中で、わずか5時間余りで終わった戦いにも関わらず、天下分け目の決戦と言われた関ケ原を描くということ自体が、社会的に注目を集めることも期待していたのでしょう。
 ちなみに、島津の様子も場面場面で出てきました。それだけでも、描き方に興味を持つことができましたが、どことなく消化不良を感じるのは私だけでしょうか。

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# by shin-pukupuku | 2017-09-02 17:09 | 映画 | Comments(0)

最高の夜になりましたね

 サッカーワールドカップ最終予選、対オーストラリア戦をこの日は夕方から楽しみにしていました。
 最高のゲームでしたね。なんといっても勝利したことが最高でした。この試合に負ければ、ワールドカップへの出場がきびしくなるかもしれないという状況の中、よくぞ、オーストラリアに勝利したと思います。
 NHKのサッカー解説の木村氏が何度も言っていたように、オーストラリアの戦術変更に助けられたという側面が強い試合だったと思います。つなぐサッカーに固執したオーストラリアは、これまで脅威となってきたロングパスを封印していました。そのことが、逆にオーストラリアのプラス面を消し、日本にとってはラッキーだったと思います。背の高いオーストラリア選手に長いロングパスはこれまで効果的でした。日本は長身のオーストラリア選手によるヘディングシュートで何度もオーストラリアに得点を奪われてきたわけですから…。
 本田、香川というこれまでのスター選手の活躍ではなく、若手の浅野や井手口が得点するというのも、ずばり作戦が当たったという感じですね。
 来年のワールドカップがこれで楽しみになってきました。この勝利でサッカー人気は今後も続くことでしょう。Jリーグ関係者もきっと胸をなでおろしていると思います。

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# by shin-pukupuku | 2017-09-01 09:54 | サッカー | Comments(0)

 映画の舞台は加計呂麻島です。ストーリーは、後の小説家島尾敏雄と島尾ミホの戦時中の恋物語の話ですが、島尾敏雄が書いた『死の棘』でも、特攻隊長として加計呂麻島に赴任してきた島尾が、死を覚悟しながら、加計呂麻島で小学校の先生をしていたミホとの出会いについて、書いていた場面があったと記憶しています。そして、その恋は、まさしく「生」と「死」のはざまにありました。特攻隊長であった島尾は、おそらく自分が死んでいくことを覚悟していたのだと思います。そんな中で、ミホとの恋はあったわけです。
 当時の島尾の立場で考えると、まさしく「生」と「死」を身近に感じていたことでしょう。戦況がきびしくなっていく中で、その死は目の前にせまっていました。ミホとの恋は、あきらめざるべきものだったのだと思います。
 映像を見ながら私が感じたのは、音でした。どの場面でも、加計呂麻島の自然の音が聞こえていました。鳥のさえずり、虫の音、風に揺れる森の音、そして海の波の音。おそらく、この音が「生」を強く印象付けることに成功していました。それは、裏を返せば、「死」をクローズアップさせるのです。
 出演者は、満嶋ひかりと永山絢斗。二人の演技力に重きをおいた作品でした。しかし、映画のテンポとしては、ゆっくりしたものであったために、私にとっては少し疲れるところもありました。
 加計呂麻島は私が最初に赴任した学校のあるところです。加計呂麻島の風景や海の様子などは、すごくなつかしい感じがしました。しかし、映画の舞台となったところはおそらく別のところで撮影されていたと思われます。
 呑之浦の特攻隊基地については、離任する時期になってやっとわかったことでしたが、このことを当時の子どもたちに伝える力量がなかった自分が残念でたまりません。最初の組合教研で報告したレポートは特攻隊の実践でしたが、内容は知覧の特攻隊を想定したものでした。なぜ、身近な地域にあったこの特攻隊を伝えなかったのか、当時の子どもたちに申し訳ないほどです。
 映画としては、次第に登場人物の心境が見る人に迫ってくるという設定になっていたように思います。72年目の夏に、見る映画の一つではあったと思います。原作の梯久美子は、なかなか良き作品を発表していると思いました。今後も注目したいと思っています。

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# by shin-pukupuku | 2017-08-31 09:40 | 映画 | Comments(0)