今朝の新聞から

 今朝の朝刊で目に止まったのは、朝日新聞の「池上彰の新聞ななめ読み」でした。加計学園の「総理意向」文書について一連の朝日新聞の動きを書いた記事で、読者がどのように受け止めるかという視点で書いていました。朝日新聞の一連の報道を池上は評価しており、証拠を示して提示している問題なのに、現政権について「それでも認めないトップ」と批判しています。
 私は池上の評論を読んで、大いに溜飲を下げたような気がしました。証拠をつきつけられても、平気でごまかす安倍政権に対して、国民はなぜ怒らないのかー本当に不思議でなりません。現政権の傲慢さに怒りを感じます。前文科省事務次官の前川氏が文書について述べているわけですから、これは明らかに不正があったと思われます。ぜひ、国会の証人喚問に呼んで、事実を究明すべきだと思います。
 それにしても池上の評論は、読者にわかりやすく現政権の傲慢さをあばきだしていると思いました。

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# by shin-pukupuku | 2017-05-26 10:01 | 雑感 | Comments(0)

政治的中立とは何か。

 現代社会の授業づくりについての授業を行いました。取り上げたテーマは教育基本法に記されている政治的教養と政治的中立です。昨年末に九民研で話題になりました政治的中立と教師の関係で、政治的な問題を生徒から教師の心情を聞かれた時に教師はどう答えるべきかという具体的な場面を想定した考察を議論しました。
 学生たちは政治的教養の大切さを選挙権18歳と関わらせて理解しています。主権者教育にとって必要なことだと思っています。一方で文科省や自民党の動きの中で、政治的中立という名目で生徒たちの政治活動をしばり、同時に教師の授業づくりにおいても縛りがより一層強まっていることを理解していきます。
 そのような状況把握のもと、杉浦正和の模擬選挙についての論考をもとに、模擬選挙の効果と課題をつかみ、上記の議論を行いました。学生たちは、自分自身の考えを教師は言うべきではないという一方で、それぞれの立場を説明して最後に自分なりの意見を言うのは良いのではないかと述べます。「自分の考えを述べるのは政治的中立をおかしているのではないか」「教育学的視点から生徒たちは教師の思いや考えを聞きたいのではないか」と私は指摘します。すると、学生たちはどうすべきか、悩んでいたようでした。
 最後は、公民科教師の今後の大きな課題は、政治的中立をどうクリアーして政治的教養を生徒たちにつけていくのか、その工夫と努力が求められているという内容でまとめました。
 授業は学生たちの意見を聞きながら、教師がコーディネート役になるというのが、理想型のようです。授業の流れをあらかじめシナリオのように描くことはむずかしいですが、その場で考え、論点を整理し、議論していくというのは楽しい作業です。そのような授業では、TH大学学生の質の高さを痛感します。

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# by shin-pukupuku | 2017-05-25 09:22 | 教育関係 | Comments(0)

MMマガジン第6号は…

□■□ MM小学校教師用ニュースマガジン□2216□
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判決書事例で学ぶ安全教育 第6回 
 ~学校事故への教師対応の学びのために(1)~  
           
                   
1.はじめに

 今月号より学校事故への教師対応についての学びとなる判決書事例を紹介します。予定では、小学校に関係する学校事故を3回にわたって紹介したいと思います。
 学校事故については、判決書事例を紹介した書籍は多数発表されています。ここでは、小学校の教師としてどのようなことに留意しながら日頃の教育活動を行うべきなのか、できるだけ具体的に事例を通して考えていけたらと思います。それらの学びは、基本的に児童の学校安全に関わる学校教師の安全配慮義務に関係します。教師は教育的な側面からさまざまな配慮を行っていますが、法的視点からその配慮を自己省察することは必要不可欠なことだと思います。
 私は現場教師になり始めた頃、校外活動を引率する際、最初に教師たちが全員を前にして注意指導をわざわざする意味がよくわかりませんでした。校外活動についてはだいたい前日までに事前に注意指導をしていますので、それだけで良いのではないか、無駄ではないかと思っていました。しかし、安全配慮義務という法的視点から学びますと、活動の直前に再度全体指導をするという教育的営みは、欠いてはならないことが理解できました。無駄と思っていた活動は、実は必要不可欠なものだったのです。
 判決書事例は、そのような教師の日常的な教育的活動の意味を教えてくれます。それは必然的に法的責任という視点からの考察になりますが、その学びは教師の行動指針につながると私は思います。


 そこで今回は、学校事故について、特に「昼休み中のケガ」に焦点化します。小学校2年の女子児童が、昼休みの休憩時間中に、一輪車に乗っていた男子児童に後方から衝突され、傷害を負った事例(東京地方裁判所平成17年9月28日判決)を取り上げます。

2.事件の概要

本裁判における事件の概要は、小学2年生の女子児童が、校庭で同級生4人とともに校庭の一輪車置場の周辺で「ドロケイ」と呼ばれる鬼ごっこに類する遊びをしていましたが、一輪車に乗っていた男子が,歩いていた女子児童らの後方から接近し,衝突しました。そのため,女子児童はその場で前方に転倒しましたが、当日の看護当番で校庭担当であったC教諭は,その事故に気が付きませんでした。女子児童は保健室に向かいましたが、養護教諭は出張のために不在で、上級生に治療してもらい、そのまま清掃活動をし、授業も受けました。ところが、帰宅後に気分が悪くなり、吐き気をもよおし、母親が病院に診察に連れて行きます。その後、体調はなかなか改善されず、やがて精神的に不調となり、不登校気味となりました。保護者は学校教師の事故当日の安全配慮義務が要因であるとして損害賠償を請求した事件です。

3.判決の内容

 判決結果は次の通りでした。

 1 学校を管理する区は,保護者に対し,103万8183円及びうち11万7883円に対する平成11年5月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 2 保護者のその余の請求を棄却する。
 3 訴訟費用は,これを10分し,その9を保護者の負担とし,その余を被告の負担とする。

4.学校・教師の対応

 判決の内容を見ればわかりますように、学校教師は安全配慮義務違反を認定されています。いったい学校教師のどこに問題があったのでしょうか。

 学校側は、児童たちの安全のために昼休み中も遊びの様子を管理監督する看護当番を決めていました(この小学校においては,全教職員が交替で,校庭1名と校舎内2名が安全指導に当たり,休み時間中,危険な遊びをしたり,子供同士のトラブルがあったりすれば,その場で必要な注意,指導を行う看護当番を週ごとに決めていた)。
 また、生活指導部は児童の安全を確保する方策の1つとして「生活指導のきまり」を作成し,児童らが校庭で遊ぶ場合,大まかな遊びのゾーンで遊ぶこと及びサッカー,キックベース,バスケットボール,縄跳び及び一輪車のゾーンをつくり、一輪車については鉄棒付近がゾーンとされていました。(なお,そのきまりは,小学校の教職員内部における取決めであり,児童やその保護者らには配布されていませんでした)
 また、A校長は,各学級担任に対し,「生活指導のきまり」にしたがって児童らに生活指導を行うように指示する一方で,年度初めの全校朝会における校長講話の中で,児童らに対し,校庭で遊ぶ際には,決められた遊びのゾーンで遊ぶよう口頭で説明していました。
 一輪車についても,A校長は,各学級担任に対し,一輪車に乗車する際には,危ない乗り方をしない,ふざけて乗らない,人に迷惑を掛けないということを児童に対し指導するよう口頭で指示していました。また、女子児童の担任Bは,担当するクラスの児童らに対し,一輪車に乗車するときは,鉄棒と一輪車置場の間で乗車するよう口頭で指導していました。

 以上の取組を見ますと、この学校は児童の安全配慮のためによく対応しているように思われます。しかし、裁判官はいったいどこに学校教師の取組に問題があると認定したのでしょうか。

 学校・教師側は、昼休み休憩時間中,遊びのゾーンを定め,児童らに対する指導を行っていたと主張しました。ところが、判決では、「『生活指導のきまり』には,遊びのゾーンに関する記載があるものの,そこには大まかなゾーンの定めがあるにすぎず,ゾーンの範囲は明確にされていない。…また,遊びのゾーンに関する指導についても,児童らに対し,「生活指導のきまり」の内容に沿った指導が口頭でされていることは窺われるものの,「生活指導のきまり」は,児童及び児童の父母らに配布されていないことに加え,遊びのゾーンは,範囲が特定されておらず,また,教職員の間で,遊びのゾーンに関する具体的な範囲についての確認が行われていない」としています。また,「担任教師も一輪車に乗車する場合には,鉄棒と一輪車置場の間で乗車するよう指導はするが,それ以上の格別な指導を行っていた事実は認められないこと,実際,本件事故以前に遊びのゾーンを守らない状況が多々見られたことから,児童らに対し,遊びのゾーンの範囲とそれを定めた趣旨を認識,理解させるに十分な指導がされていたという事実を認めることはできない。」と判断しました。
 つまり、生活指導上のきまりを作っても、形式的ではだめであり、職員同士で十分にその内容について検討し、共通理解し、それに従って効果的な指導を行うことが求められているのです。

 また、学校・教師側の児童らに対し,一輪車の乗車に関して指導を行っていたという主張については、「確かに,校長Aが,各担任教諭に対し,一輪車の乗車について児童らに対し指導するよう口頭で指示し,各担任教諭も一輪車の乗車に関する指導をした事実が認められ,ぶつかりそうなときは降りるか,声をかけるという内容の指導をしていた事実が認められる。」と認めています。
 しかし,「これらの指導は,児童の年齢や能力に応じた具体的なものであって,しかも,一輪車だけでなく,その周囲で遊ぶ他の遊びについても実施するものでなければ容易に効果を生むものとはならないと解される」とし、「昼休みの休憩時間中における一輪車の乗車について,注意事項や走行に関するルールを定めた形跡は見受けられない。」と判断しています。つまり、ここでも、形式的な指導ではなく、具体的で効果的な指導の必要性が要求されているのです。 
 
 さらに、学校・教師側が設けていた看護当番制度については、「児童の自由な遊びを妨げない指導(見守り)は,本件小学校の校庭の状況,前記児童に対する指導の結果を把握し,児童に対するさらなる指導内容を充実させるものとして一定の効用があることは否定できない。」と認めています。
 しかし一方で、「本件事故のような危険を回避する措置として見た場合,校庭に配置される教諭は,基本的に一人であり,本件小学校の校庭の広さ,校庭で遊んでいる児童の数及び校庭で行われている遊びの種類及び内容,遊びのゾーンの設定及びそれに関する指導並びに一輪車を含めた遊びのゾーンに関する指導が不十分であったこと,看護当番といえども,突発的に生じた事故には事後対応しかとれないことを考慮すると,看護当番制度による危険回避には限界があり,同制度をとっていることでA校長の安全義務が尽くされているということはできない。」と判断しているのです。
 つまり、裁判所は校庭の広さや遊んでいる児童の人数、事故になる可能性のある遊びのゾーンの設定など、状況に応じて当番制度の教諭の数を考えるべきであり、そこには事故が起こるかもしれないという状況に応じた教師側の予見可能性による安全配慮義務が重要であると言うわけです。
 この事件では、事故後の対応も裁判の争点になっていますが、記述量が増えてしまいますので、ここでは省略します。

5.何を学ぶべきなのか。
 本判決書は、まず第一に、児童の安全配慮のために学校教師は形式的な指導ではなく、状況に応じて事故の予見可能性という観点から生活指導を実践していく必要がある
ことを教えてくれています。ただ単に、「生活指導のきまり」を作っているから、昼休みに「看護当番制度」のもとで教師を配置しているからという理由で、安全配慮義務は尽くされないということです。
 つまり、「生活指導のきまり」は、児童の安全配慮の観点から教師間で議論し、共通理解して実践していくこと、さらに保護者や児童たちにその内容を理解させ、安全確保が徹底できるように配布し説明すること、看護当番制度については、事故発生を防止するために状況に応じて人数や配置場所などを検討することが求められるということがわかります。
 少なくとも、例年通りだからという理由で実施するということだけは避けるべきでしょう。
 最後に裁判官は次のように判決書で述べています。
「学校の教師は学校における教育活動によって生ずるおそれのある危険から児童,生徒の生命及び身体の安全に配慮する義務を負っており,昼休みの休憩時間においても,それが小学校におけるその後の教育活動等が予定されている時間帯であって,小学校における教育活動と質的,時間的に密接な関連性を有しているものである以上,教育活動におけると同様の義務を負うべきである。
 そして,その安全義務を尽くしたかどうかについては,教師は生徒の生命・身体の安全について万全を期すべきことを前提に,当該事故の発生した時間,場所,発生状況,事故当事者の年齢・判断能力,学校側の指導・監督体制,教師らの教育活動状況等の事情を考慮して判断されるべきである。」
 学校事故を未然に防ぐ努力は、学校教師にとっては非常に重要な取組であることを改めて私たちに裁判官は教えてくれているのです。


 次回も、別の事例をもとにして、学校事故に対する教師対応について見ていきたいと思います。

<参考文献>
・梅野正信『教育管理職のための法常識講座』(上越教育大学出版会)
・蜂須賀洋一「学校教育における法規範意識の育成に関する研究」『学校教育研究』第27号

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# by shin-pukupuku | 2017-05-24 10:00 | 教育関係 | Comments(0)

教職課程が変わる

 先日の東京出張は、教職課程の変化を探ることでした。その情報を教えてくれる全国私立大学K協会の全国大会が玉川大学で行われました。その会に出席しました。玉川大学は綠に覆われたきれいな大学でした。
 その中では、文部科学省の局長や課長が特別講演やシンポジストになって、法律改正による教職課程の変更について教えてくれました。法律とは、①教育公務員特例法、②教育職員免許法、③(独)教員研修センター法の改正にかかわる変更です。
 ①は教員研修にかかわる内容で、各都道府県に教員の研修を策定する「協議会」を設置し、大学側もこの協議会に参画して、研修を効果的に行っていくというものです。その中では、10年研修が変更となり、「中堅教諭等資質向上研修」になるようです。
 ②は教職課程に関わる変更で、新たに、ICT活用の指導法、道徳教育の充実、小学校の外国語教育への対応、特別支援教育の充実、総合的な学習の時間の指導法などが加わりました。そして、教職課程にコアカリキュラムを取り入れ、シラバスでチェックするというものです。
 ③は筑波にある中央研修センターが,教職員支援機構に変わるというものです。
 上記の中で注目したのが、まず総合的な学習の時間の指導が加わった点です。各養成大学は、新たに教職科目を加えることになりました。しかし、この科目をだれが持つのかという点で課題になっています。総合的な学習の業績を持っている教員はほとんどいません。そのために資格審査が心配でしたが、どうやら各教科の指導法や道徳教育、特別活動などの科目において資格審査を通っている人の担当を認め、今回は審査を見送るようです。ただ、3年後に改めて資格審査を実施するようです。
 現場からみると、なぜ大学で総合的な学習の指導法について教えてこなかったのかという疑問があると思います。私も今回びっくりしました。しかし、よく考えてみると、総合的な学習については現場教師の方がよく理解しており、大学の教員に教えられるものではないという考え方があったのでしょう。
 次に注目されるのが、コアカリキュラムの採用でしょう。教職課程の科目でもついに規準が内容的に示されるというものですが、これについても現場感覚としては当たり前のことのような気がします。自分の好きな研究内容だけを教職課程で教えて終わりの時代は昔の話です。基礎的基本的な内容について将来教員を目指す学生に教えていくというのは大事なことのような気がします。しかし、私は個人的には、自分の好きな研究についてひたすら解説する先生もどことなくのんびりしておおらかで好きだなあ。よくカラオケで歌う「僕の好きな先生」を思い出してしまいます。
 

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# by shin-pukupuku | 2017-05-23 11:34 | 教育関係 | Comments(0)

タイガースファンの狭間で

 先日の土曜日は神宮球場にヤクルト対阪神戦を見に行きました。この1ヶ月、楽しみにしていました。私がファンであるスワローズは最近調子が良くなってきました。この日は先発がライアン小川と藤波。おそらく投手戦になるのではないかと予想していました。
 球場に入ると、自分が予約した席は、バックネット寄りの三塁側の2階席。かなり高いところからの見学となりました。球場は満席で、当日券はすでに完売でした。
 座って、いつものようにビールを飲みながら弁当を食べていると、ふと周りが黄色い色で一色であることに気づきました。左側も前も後ろも、阪神ファン。つまり、周囲はすべて阪神ファンのようでした。もっともバックネットに近い三塁側なので、ヤクルトファンはかならずいるはずだと思っていましたが、周辺で傘を持っている人はいませんでした。
 ご存知のように、阪神ファンの応援は熱烈です。なんかみんなが阪神ファンという仲間意識を持って応援しています。
 そんな中でしたので、私はひそかにヤクルトを心の中で応援することにしました。
 しかし、ビールが2杯目になると、その覚悟もゆるんできます。7回に山田がライト席に5号スリーランを売った時は、思わず声を出して喜んでしまいました。周りが沈黙している中で…。
 結局、試合はヤクルトが8-3で勝利。4連勝となりました。やはり、私が神宮球場に応援に行くと、大量得点で勝利という結果が続いています。これで4年連続。周りにいる阪神ファンに「残念でしたね」と言いたくなる声を抑えて、球場を後にしました。
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ああ、幸せでした。

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# by shin-pukupuku | 2017-05-22 08:59 | 雑感 | Comments(4)

蔡英文『新時代の台湾へ』を読んで

 今朝の朝日新聞の記事では、「蔡政権内憂外患」とあり、支持率が総統就任当時の52%から30%に落ち込んだと書いてありました。「対中国弱腰批判も」という見出しもあります。台湾の民進党は基本的に中国からの「独立」志向でありますが、蔡政権は現状維持を訴えてきました。
 タイトルの本は、蔡英文が総統になるまでの基本政策についての自分の考えを書いています。それは、民進党の綱領にしばられた政策ではなく、台湾全土をくまなく回り、そこで出会った民との出会いを通して政策立案がなされていることを紹介していました。特に、2014年に立法院を占拠した「ひまわり運動」の中心であった若者に対する期待や思いを大事にして、台湾の未来を切り開いていこうという姿勢をこの本から感じました。
 台湾の民主化はこの30年あまりと日が浅いですが、日本以上に民主化が進んでいるような気がします。それは、この国を思う多数の民に支えられているからでしょう。10年後20年度にに台湾はどうなっているかはわかりませんが、大国の狭間のなかにもかかわらず、蔡総統のようなリーダーが続くかぎり、民主的な社会づくりは進んでいくことでしょう。台湾を訪問するために、この国の活力を感じます。

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# by shin-pukupuku | 2017-05-18 09:34 | | Comments(0)

季節の変化を感じる

 連休が終わって、日常の生活が再び繰り返されていますが、朝のジョギング中に驚いたことは、道路の雑草が急に伸びていたことです。冬場は枯れて、ほとんどなかった道ばたの雑草が、連休が終わってみると急激に綠が濃くなり、その高さにも驚くほどです。あと一ヶ月ほど経つと、道が隠れるほどになることでしょう。その前に、業者が雑草取りを行うようです。
 それから、日が昇るのがかなり早くなりました。4時半過ぎに、こちらでは次第に明るくなり、5時には太陽光線が差し込んでいます。そのために、私の起床も自然と早くなり、5時前には起きるような感じになってきました。
 先日まで、実は下着は長袖でした。寒い時はズボン下をはくこともありました。喜界島では半袖、半ズボンで大丈夫だったのに、やはり東北は違うなあと思っていました。しかし、本日は暖かくなりそうです。
 今朝のジョギング中、景色を眺めると、はるかかなたに蔵王連山が見えました。まだ雪で覆われているようでした。空気が澄み切っていて、とてもきれいでした。鹿児島とは違って、石巻での梅雨は短く、春が長い気がします。気候的には、こちらの方が今は過ごしやすいのかもしれません。

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# by shin-pukupuku | 2017-05-17 09:47 | 雑感 | Comments(2)

「追憶」を見て

「鉄道員(ぽっぽや)」「あ・うん」などの作品で有名な監督・降旗康男と撮影・木村大作がタッグを組んだ作品で、岡田准一主演の作品でした。
 見ての第一印象は、まるで松本清張の作品を映画化したようだというものでした。児童養護施設、殺人、約束、再会ーなどのキーワードがこの映画では上げられますが、それらは松本清張の小説のなかでは何度となく出てきたものではなかったかなあと思うことでした。まあ、そのために全体的にトーンが暗いのですが、最後のクライマックスに向けて映画構成は練られていたような気がしました。「あなたの大事にしてきたものは…」という呼びかけは、自分だけのためではなく、人のために生きていくことのすばらしさを教えてくれていたようでした。そして、本当の親子とは何かを考えさせるものでもあったような気がしました。人は過去を思い、過去に悔やみながら今を生きているということなのかもしれません。そのために何ができるのか、それをこの映画は語りかけていたような気がしました。
 全般的には、それほどすごい作品という感じはしませんでした。平凡な作品のような印象を持ちました。最後のクライマックスでは、涙を流す人とそのまま映画館を出て行く人の二つに分かれていましたが、泣いている人は過去になんらかの傷を抱えているのかもしれません。 


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# by shin-pukupuku | 2017-05-16 09:18 | 映画 | Comments(0)

不安定

 石巻に戻ってからどことなく精神的に不安的な感じです。連休中に鹿児島でリフレッシュできたのは良かったのですが、その反動が来ています。やることなすことイライラすることだらけです。
 これまで、温和にさまざまな事情に対して接してきましたが、先日、会議で、久しぶりに感情的になってしまいました。その理由は、その人のミスで物事が問題化しているのに、総括的に担当している私の指示不足というわけです。一言最初にミスについての本人なりの謝罪があったらよかったのですが、それもなしという状況ではいくら私でも感情的になってしまいます。
 同じ職員室であったら、すぐにお願いできるかもしれませんが、たこつぼ研究室では連絡をとるのが難しく、そのために必然、メールでの連絡が中心になるわけですが、それをミスと非難されるとこちらも困ってしまいます。
 イライラしながら過ごすといけませんね。ストレスがたまってしまって、一日が楽しくありません。やはり仕事は楽しみながらやりたいものです。

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# by shin-pukupuku | 2017-05-15 09:16 | 雑感 | Comments(1)

坂野徳隆『日本統治下の台湾』を読んで

 著者は私と同じ年。記者から小説家に転向し、台湾に在住しながらノンフィクション作品を発表してきた方です。

 この本の特色は、内地から台湾に移り住み新聞などで風刺画を発表し続けた国島水馬の作品に注目し、その風刺画を見ていくことで日本統治下の台湾を分析していくというものでした。

 台湾で活躍した国島水馬は、上手に検閲をすり抜け、批判的な漫画をたくさん発表しています。その風刺画を見るだけで楽しくなってしまうという感じの本でした。同時にその風刺画を追いかけることで、台湾の歴史を学ぶことができました。

 頭を休めるためにはこんな本が最適です。


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# by shin-pukupuku | 2017-05-13 09:51 | | Comments(0)